日本の「資本主義の精神」-「日本のマックス・ヴェーバー」石田梅岩

『資本主義』の根底には「モラル」が必要だ。

これは、ドイツの社会学者であり、経済学者でもあった巨人、マックス・ヴェーバー (Karl Emil Maximilian Weber)の考えだ。有名な名著

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』

は彼の考えを纏めたもの。

日本でも、江戸時代には「士農工商」という「身分制度」(封建的身分制度)の中で、最下位の地位だった。そこには、

「モノを商って、或いは金を貸して、お金を儲けるのは卑しい行為」

と言う、一般的な空気(ニューマ)があったから。

カトリックやイスラム教(その他のヒンズー教や儒教などの「資本主義」が発展しなかった)国々は、根本に「モノを右から左に移すだけでお金儲けをする」増してや「金貸し」は「卑しい」行為とされた。

マックス・ヴェーバーはそう考えた。

『オランダ、イギリス、アメリカなどカルヴィニズムの影響が強い国では非合理性を持った合理主義によって資本主義が発達したが、一方で非合理性を持たない実践的合理性の顕著なイタリア、スペインのようなカトリック国や、他方でルター主義の非(実践)合理性の強いドイツでは、資本主義化が立ち遅れた。こうした現象は偶然ではなく、資本主義の「精神」とカルヴィニズムの間に因果関係があるとヴェーバーは考えた』(Wiki 参)

資本主義は「勤勉で、(神の元で)『貪欲な金儲け』に走らず(一物一価=人を見て価格を変える事が無いこと)、合理的に労働に見合った収入を得る」

それは「決して、卑しい」行為では無い。

ところで、プロテスタンティズム以外の国で、「資本主義」が発展した国が、一国(少なくとも)ある。それが、我が国「日本」。

では何故「日本では、(プロテスタンディズムでもないのに)資本主義が発展出来たのか」

その理由は、わたしは、今まで、

「明治の元老たちが、我が国に資本主義を発展させるために『プロテスタンディズム』の代わりに『天皇制』がその役割を果たすように計画した」

からと、信じていた。これは(ウロ覚えだけど)小室直樹先生や山本七平氏などが「書かれていた」ように記憶する。「天皇」と言う「現人神」の前では「国民は対等であり、天皇のために勤勉に道徳的に働く事は」良いことである。

しかし、実は「維新の元老」の「企み」以前から、日本には「資本主義に適合する『素質』が育成されていた」のだ。

それを「心学」と言う。石田 梅岩(貞享2年9月15日(1685年10月12日) - 延享元年9月24日(1744年10月29日))江戸時代の思想家、倫理学者。石門心学の開祖)が、ヴェーバーと同じような『思想』を展開している。

「その思想の根底にあったのは、宋学の流れを汲む天命論である。同様の思想で石田に先行する鈴木正三の職分説が士農工商のうち商人の職分を巧く説明出来なかったのに対し、石田は長年の商家勤めから商業の本質を熟知しており、「商業の本質は交換の仲介業であり、その重要性は他の職分に何ら劣るものではない」という立場を打ち立て」(Wiki 参)たのである。

これを「石門心学」と言う。手島堵庵(1718--86)、布施松翁(1725--84)、柴田鳩翁(1783--1839)は梅岩の高弟である。ウエーバーが1864年4月21日 - 1920年6月14日だから、それよりも200年弱も早く、「資本主義の精神」は日本にあったのだ。

石田梅岩を「日本のマックス・ヴェーバー」と言うべきか、石田梅岩の「思想」の方が早かった訳だから、マックス・ヴェーバーを「ドイツの石田梅岩」と言うべきか…

ただ、「お金儲け」と言うレベルで言えば、マックス・ヴェーバーや石田梅岩の「思想」は「正当な(これも何が正統なのかと問うと難しいけど…)資本主義」的思想ではあるけれども、「アラビア商人」や「インド商人」や「ユダヤ商人」「華僑」などの方が上手だろう(フィクションではあるけれども、シェークスピアの『ベニスの商人』なんかを読めば、その「精神」が想像される…厳密には「実証研究」しないとダメだけど)

また、マックス・ヴェーバーや石田梅岩の言うような「勤勉主義」的な「理想的」な「お金儲け」の方が「稀」な気がする(自分の実体験上でも…)。

また『資本主義』の発展の「実態」を歴史的に振り返れば、

「そんなに奇麗な資本家は(殆ど)居なかった」

と思わざるを得ない。そして「本当に勤勉で、真面目にだけ、駆け引きなしで」商売をしていれば、市場競争に負けて、「倒産」の憂き目を見ることになる…のが「現実」。

確かに、一時、一部の地域で「理想的な勤勉主義的資本主義」が存在したのかも知れないケド、それは「物が不足(需要超過)」(作れば売れる)、「人々が素朴」だった「古き良き時代」の出来事だっただろう。

特に、近年はどんどん『ヴェーバー的資本主義精神』が失われて行っているような気がするのは、わたしだけだろうか?

ところで「経済学」では、一般的には「経済合理的な存在」「完全な市場」(最近は「市場の非対称性」が当然のように言われるようにはなってきているみたいだけど…)などと言う、『マックス・ヴェーバー的、石田梅岩的』な「状態」を前提としている。

これも、講義を受けてる時でも、教科書や経済学書を読んでいると、

「現実とは随分ズレている…と思わざるを得ない」だけど、モデル(=仮説)を作る場合、様々な事柄は「捨象」して「単純化」しないと仕方がない部分があるのも事実(それとも「複雑系モデル」を作るか…?)。そして、その「単純化したモデル」を分析して「(一部分の)世界を理解出来る」事も確かではある。

アイザック・アシモフのSF「ファウンデーション」シリーズの「ハリ・セルダン」では無いが、今後は「心理学モデル」を組み込んだ「経済モデル」が必要なのかも知れない。

ハリ・セルダンは天才で「心理歴史学」の完成者…と言う「設定」。1000年後の「社会構造政策」を作成し、「実施」する。「ファウンデーション」シリーズを読んでると、「マクロ経済学にとても似ている」と思わずには居れない。まぁ、現実の「マクロ経済学」にはハリ・セルダンのような真似はとてもではないが出来ないけど…
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