エヴァンゲリオン・キリスト教・仏教…それにしても不規則な生活、体調悪し

最近、生活リズムがメチャクチャ感がある。

夜中の2時とかに目が覚めてしまう。そして、それから「眠れなく」なってしまう事がよくある。

だから、

「やたら昼間調子が悪い」

眠くなるのなら…まだ良いヵ(ホントは良くないけど)。

で、目が覚めると「経済学書」(まるで「経済学書の棺」の中で寝ているような状態です(^^ゞ)を読むか…しかし、これがまた「体調を崩す元」になる。

この間、何を思い立ったか久しぶりに「エヴァンゲリオン」(TV版)を見始めてしまった。

エヴァンゲリオン 01

「う~ン、ヤッパ名作だぁ」

エヴァンゲリオ(ヲ)ンって言う位だし、「使徒」と言う存在が出てくるし、「福音主義」と関係あるんだよな~

って、づ~~っと思ってた。

Evangelist(エヴァンゲリスト)って、「福音を説く人、使徒、伝道者、宣教師、といった意味」。

で、「終末論者」の事では無い。

元々は、

「福音主義(ふくいんしゅぎ)」は「Evangelicalism」

wikiによれば

「元来、キリスト教において宗教改革の立場を採る考え方を福音主義と呼んだ。21世紀初頭を代表する英国聖公会の福音派神学者であるアリスター・マクグラスによると「『福音的(Evangelical)』と言う言葉は16世紀に遡り、カトリックの思想家の中で、信仰や実践について、中世後期の教会と結びついたものよりも、より聖書的なものに立ち返ろうとする人々」のことを指したとされる。プロテスタントが「福音主義・福音派」と呼ばれたのは、このように教会における権威の所在を「聖書のみ」とし、神のことばに求めたからであった。」

アニメからは「終末論」的なニオイがする。

しかし、「使徒」に立ち向かうのが「エヴァンゲリオン」と呼ばれる存在。機械のロボットと言うのでは無くて、バイオメカのような「生き物のようなロボット?」。だから、その「操縦」は誰でも出来る訳ではない(エヴァと精神的にシンクロ出来なければ動かない)。ここで「選ばれし子供たち」が出てくる。ファアースト・チュルドレン:綾波レイ。サード・チュルドレン:碇シンジ。セカンド・チュルドレン:惣流・アスカ・ラングレー。この中で、異色なのが綾波レイ。どこか普通の子供とは違っている(まぁ、エヴァのパイロットに選ばれた事自体、普通とは違う設定だけど…)。この「普通じゃない不思議さ」が彼女の魅力ではある。だから「綾波レイ・ファン」は結構多い…みたい。

エヴァンゲリオン 02


わたしも、普通っぽい(それなりに普通ではない…増して「セカンド・インパクト」後の人達は普通の生活を送っていない…設定)惣流・アスカ・ラングレーよりも、綾波レイに惹かれる。そう言えば、経済評論家の森永卓郎氏は綾波レイ・ファン」(多分)。それに、うちの会社に外注仕事で来てたIT兄ちゃん、なんと「綾波レイのマウスポインタ(それも動くやつ)使ってた(実は、わたしも欲しかったりする)。

実は、彼女は「人造人間」なのだ。そして、碇シンジの父親も(本当の父親がどうなったのかは解らないけど)人造人間。それはゼーレというネルフ(碇ゲンドウ=碇シンジの父親がトップの機関)の上位機関と、ネルフ自体(と言うか碇ゲンドウたち)が進めようとしている「人類補完計画」とも関係してくるみたい。

国連軍とか出てきて「使徒」と戦う(モチ、全く歯が立たない)けど、この辺の関係は「良く解らない」。今まで書いてきた事も、ストーリーの中で、段々と判ってくる。

これを制作したのは「GAINAX」と言う会社。社名の由来はwikiによれば「社名は島根県の東部、鳥取県の西部の方言(雲伯方言)で「大きい、凄い」という意味の「がいな」に未知を表す「X」をつけたもの。なお「がいな」という方言自体は四国の一部、また愛媛県から海を隔てた大分県の沿岸部でも使用される。」となっている。うちの辺でも「○○やがいな」なんて使ったりしてる(と言っても「神戸」の言葉では無いなぁ)けど、それは「○○です」の砕けた方言(多分、播州辺の言葉ではなかろうか?)。

この会社自体が面白い。あの「オタキング」こと岡田斗司夫が大学退学(除籍?)して作った会社。これに。「ゼネラルプロダクツ」と言う先行する「専門店」(岡田と武田が大学中退して作ったショップ)の存在があった。武田康廣、赤井孝美、山賀博之、庵野秀明、村濱章司らは、「1981年の日本SF大会「DAICON 3」時代からの仲間。

しかし、

「岡田さんは恵まれているな〜」

と思うのは、こういう「仲間」に恵まれた事。実は、わたしも「色んな仲間と、色んな事してきたけど、同士たちはいずれも『中途半端』だったし、わたしも『自分だけでもやるぞ!』と言う覚悟が足りなかったのだろう」そして「明確な目標」(岡田氏の場合は「目標」というか「三度のメシより好きな事」か?)が、自分もふくめて「稀薄」だったのだろう(でも「具体性」は非常にあった:言い訳)。

ところで、エヴァだけど、やはり仲間内で(そりゃ〜、この手の事に「一家言」あるひとたちの集まりだから、本人たちは、周りから見れば「バカ!?」みたいなことを真剣に議論してただろう…そんな様子を想像して見るだけで面白いし楽しい)色々と「議論」がされて今の形になったみたい。と言うか「初期版」「リニューアル版」そして「劇場版」とまだ「エヴァは進化し続けている」のだろう。

「エヴァンゲリオン」は「福音書」から来ているし、ストーリーの中で「使徒」とか「死海文書」とか、オープニングの「生命の樹」とか、キリスト教文化やユダヤ教文化(「生命の樹」はユダヤ神秘思想の「カバラ」から来ている)のははっきりしてる。しかし、日本人って「こういうの取り込んで再構築する」のに長けているな〜 って思う。

噂だけど、「劇場版が米国の映画館で放映された時、最後は異様な熱気とスタンディング・オペレーションがあった」とか…いや〜、「エヴァ」、キリスト圏の人達にはどううつるんだろ? その方に「興味」が湧いてしまう。

「ポケモン」「ONEPIECE」「宮崎アニメ」等々、「アニメは日本の立派な輸出財」である。

ところで、気になったのっが「終末思想」。仏教で言えば「末法思想」(微妙に違うケド)。

キリスト教の「終末論」って、「キリストの再臨」と「過去からの全ての死者が血肉を付けて蘇り」「最後の審判」を受けて、「悪者」は「永遠にゲヘナ(地獄? とも少し違うような気がするけど)に落とされる」か「キリストと共に永遠に幸せに生きるか」位に理解してるけど、

これもWiki丸々だけど、

「キリスト教の終末論(英:eschatology)という語は、ギリシア語の ta eschata(「最後の事:キリスト教では具体的に四終[死:審判:天国:地獄]を指す」)という言葉に由来し、イエス・キリストの復活と最後の審判への待望という事柄に関わる(千年王国参照)。キリスト教では、その目的が世の救済であるため、教義学では終末を歴史の目的として救済史という言い方もされる。」

一方、仏教では(これもWiki)

「仏教における末法思想は、「この世の終わり」を意味する終末的思想と同意義と見る向きも多い。しかし、事実は異なる。
 大乗仏教では、釈迦仏の入滅年代(ただし諸説あり一致しない)より数えて、正・像・末と三時に分け、その最後の時を末法の世という。これは厳密にいえば、「正しい法が隠れ行われなくなること」である。したがって、世の中の政情不安や天変地異などを含めたものを末法というものではなかった。
 しかし、日本においては、平安時代後期に末法に突入するという目測と、鎌倉時代へ移り変わっていく不安感、当時の民衆の仏教への理解不足などが相まって、次第に、末法観念が終末論的に転化されていった…」

と、少し混乱(と言うか、「大乗仏教」ってなんか「キリスト教的」な気がする)している。

「…ただし、仏教では、原始仏教・初期大乗仏教を含めて、本来この世の始まりや終わりを説いていない(釈尊は時間に終わりがあるか、ないかという問いに対し、意味のない議論(戯論)であるとして「答えない」(無記)という態度をとっている)。さらに大乗経典の中でも、涅槃経などでは末法の世における救いを力説し、悲観的な見方を根本的に否定している。したがって、これらから仏教における末法思想は、この世の終わりを意味するような終末的思想とは異なることが理解できる。」

この「仏教における末法思想は、「この世の終わり」を意味する終末的思想と同意義と見る向きも多い。しかし、事実は異なる」は正しい。お釈迦様が「釈尊は時間に終わりがあるか、ないかという問いに対し、意味のない議論(戯論)であるとして「答えない」(無記)という態度をとっている」と言うのは、どの「仏典」に乗っているのか知らないケド、お釈迦様は「意味の無い(人知では解らない)ことは無駄だと言って、話されて居ない」というのは、ほぼ正しいと思う。

だけど、実は「長老部仏教」(最近では「テーラワーダ仏教」と言った方が通じるかも…)では、実は「死後」の話も「この世の始まりと終わり」の話もされている。但し「意味の無い(人知では解らない)ことは無駄だと言って、話されて居ない」という基本的な姿勢は変わらないが…。

まず「死後」の話だけど、実はお釈迦様ご自身結構話されている。ココが微妙な所で「仏教では個人の魂のようなモノは想定していない」。と言うことは「生命は死ねば終わり」って事になるはずだけど、お釈迦様の教えでは「心のエネルギー」というモノを確証している。つまり「死んでも、肉体は無くなるケド、心のエネルギーは『エネルギー保存則』に則って、違うところに現れてしまう…のだと。つまりこれがお釈迦様の言う「輪廻転生」。そして「仏教の目的」とは「生きる事は苦」であるから「輪廻転生」の永遠の輪から離れる事。つまり「滅尽」する事。で「微妙」なのは「固有の魂」ってのは否定されてるのに「輪廻転生」が有るということ。だから凡人から見れば「その輪廻転生してるのを、ある面から見れば『魂』と定義しても良いように思える」のだ。例えば、お釈迦様ご自身「ジャータカ物語」などで、ご自身の「過去生」を語っておられる。

「んじゃ、あるんじゃないの『個人としての個性の継続=魂』?」

って「疑問」になる。でも多分「個人・個性、自分、自我と言う『迷妄』があったから、輪廻転生を繰り返したのです」って言われそう。この話は今回はこの辺で辞めておく。

ところで、「この世の終わり」ですが、お釈迦様は、

「この世には、始まりも終もありません」

と仰って居る(仏典の典拠は確認出来ませんが、長老がそう仰っていると仰ってた)。

と、今回は、なんか纏まりがないケド、ここまでと言う事で。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasutomo-Araki

Author:Yasutomo-Araki
現代の閉塞感のある世界がもう少しだけ住みやすくなれば良いなぁ、などと考えております。今の状況の延長線を自分たちの子供たちや孫たちへバトンを渡すのは余りにも無責任だと思っています。大学は工学系卒。国立K大学の経済学研究科大学院修士。博士課程考慮中…。この国の未来への良きシナリオを描きたいと思いトボトボと歩いてるって感じです。ただ最近は、当方の怠慢のせいでtwitterまとめ、或いは「忘備録」化してます…。しかし、同志さんたち大歓迎です。

なおこのブログではアフィリエイトプログラムを利用しておりますが、実際の商品の購入に関しましては、お客さまとリンク先のホームページ管理人とのお取引になります。お取引に関しまして、当ブログ、並びに管理人は一切の責任を負いかねますので、ご了承下さい。当該商品等のお問い合わせは、お取引先までご連絡下さい。

みんなのプロフィールSP

人気ブログランキングへ

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
F2Cアフィリエイト
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
クロック
最新コメント
Flashリバーシ
時間があれば遊んでいってください
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
クリック募金
ワンクリックで救える命がある
リンク
RSSリンクの表示
FC2カウンター
メールフォーム
個人的に連絡したい時はこちらへ

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム
ブロとも募集中で~す!

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
検索フォーム