国民の意識改革…経済(学)的感覚を身につけよう…眠くなる程『退屈』な話のようだけど

さて、昨夜、久しぶりに友人に電話した。

で「経済学」とも言えないレベルの「経済のお話し」をしただけで、かなり「つまらな」そうだった。もう
「眠気を催すレベル」だったようだ。彼も若い頃は「経済系」の専門学校に通っていたのだが、その彼でさえそう言う状態だ。

もうまるで「別世界」のお話し。「自分とは関係の無い退屈なお話し」なのだろう。だが、本当にそうだろうか。

経済学は本当は「生活に密着した知識の集合体」だ。

意識するにせよ、しないにせよ、人々は「損得勘定」をして毎日を送っているだろう。これはもう「経済学」の世界だ。

「わたしは損得勘定や、お金儲けに生きている訳ではない。むしろ、友人との一時、趣味の一時等々を大事にしている」

と言う人も結構いらっしゃるだろう。でも、それも実は「経済学」に含まれるのだ。「経済学」は何も「お金儲け」の学問ではない。むしろ「人々の幸福度、満足度を最大にすること」を第一義的に考えるのだ。

「経済学」では「時間」も有限な「資源」として扱う。だから、「友人と過ごす、楽しい一時」は「時間」と言う「資源」を使って、その人が「満足を得ている」と考える。

また、友人関係を築くためには、多くの「時間」だけでは無く、様々な「資源」を使って来たのだと考える。

しかし、それを「経済学」的に話すと、大抵の周囲の人達は「とても退屈」なようだ。

これは、本当は結構「重大な問題」だ。「経済学」的な根拠の無い「資源」の「分配」は非効率性を生む。つまり、単純に言えば、

「無駄遣いを許容してしまう」

事になる。実際、大きくは「現在の日本経済」から小さくは「日々の買物」まで、「経済学」の視点が欠けると、時に「大きな無駄遣い」を許してしまう事になる。

まあ、わたしも含めて「無駄遣いが好き」な人達も多いとは思うが…

わたしが言いたいのは、

「現在の巨額の借金を作ったのは、直接的には、政・官・財の構造的なモノかも知れないが、それを『許して来た』のは、最終的には主権者である国民」だと言うこと。

そして、一般の国民は、この話の最初に紹介したような「経済(学)なんて、関係ない退屈なだけの代物」位にしか思って居ないのが実態だと思う。

「この国を立て直す」ためには、まずそんな「国民の意識を立て直さなければならない」だろう。

これは「言うは易しく、行うは難し」であることは、もう「イヤと言うほど経験」してきた。そうそう簡単に、人々の意識は変わらないのだ。

さて、前々回、

「個人的には日本の環境インフラの基本的な考え方には疑問を持っているが…」

と書いた。それは、日本は「世界の工場として稼働するにあたって、企業の『安全性』義務を軽減するように、つまりは『有害物質を垂れ流す』(これを企業が安全に『処理・処分』するためには、巨額の投資が必要となり、それがコストに跳ね返って来る)事を許容した。それが『公害』である。

具体的に言えば、工場排水に『重金属』や他の「人体に有害な物質」が含まれていたとしよう。これらの『有害物質』を工場はどうするのか? さすがに世界にも鳴り響いた『公害』の後では、「直接、河川や海に放流」と言う事は行われていないだろう。だが、今は「下水」に流すのだ。確かに、形の上では抜き打ちの「立ち入り検査」などが行われてはいるが、全然マンパワーガ足りない事は明白だ。だから、企業は「ある程度濃度が低ければ垂れ流しても解らない」ことを理解している。また、悪質な企業になれば「高濃度の有害物質を短時間に流」してしまう。

まず、前者のケースでは、それ程高くない「有害物質」なら、流しても「生活排水」等の他の多量の汚水に混じり、薄められて、有害物質をモニタリングできる可能性のある「下水処理場」に流れて来た時には、もう完全に「許容値以下」である。悪質業者の場合は、「短時間に」と言うのがミソである。こうして流せば「下水処理場」で「異常」に気が付いて、流れを遡って「犯人」を見つけ出そうとしも、高濃度の有害物質は途中で途切れ、誰が流したのか特定することは不可能だ。

わたしは、全ての企業がこのような「違法行為」をしているとは思わない(思いたくない)が、現実はそうなのである。

ところで、これら『有害物質』は、「負の外部性」を持つが、そのコストを計算してみればどうだろうか? これも、計算した訳ではないが、『有害物質』は当該企業がコストを払っても「きっちりと処理・処分」するのが、結局は最もコストが安いと確信している。

一旦、自然界に放出した『有害物質』は、『自然界の系外』に出されるまで(或は、自然の力で無害化されるまで)『自然界』を循環することになる。

例えばの話。「下水処理」では「重金属」を始めとする「有害物質」を分解する訳ではない。「下水処理」で除去されるのは(基本的に)「有機物」だけ。というのも、「下水処理」とは「微生物」を使って「下水の中の有機物を微生物のエサ」にしているだけだからだ。

ただ、一部の重金属類は、「下水処理場」から出される「汚泥」に吸着される。では「ちゃんと取れてる」のか?

この「汚泥」は「脱水機」で脱水され、「脱水ケーキ」と呼ばれる「粘土状」(含水率によってはドロドロの泥状の場合もある)に絞られ、それを「焼却炉」で焼却する。これで、「脱水ケーキ」は「焼却灰」と言う、「顆粒状」(上手く焼却されればだが…)の砂のような状態になる。この中に「重金属」等の「有害物質」が(焼却処理しても分解されない場合…「重金属」は当然分解されませんよね)含まれることになる。この「焼却灰」を、海洋の埋め立てに使用したり、処分場に埋めたりする訳だ。だけど、海洋の埋め立てに使用した場合、モルタルの「囲い」の中に埋めるのだが、このモルタルの囲いだって傷んで壊れて来る。すると、中の『有害物質』を含んだ焼却灰は、当然海水を含んで溶け、海洋に流れ出すだろう。だから、もちろん、モルタルの囲いは「維持管理」され、「補修」されるのだが、そのコストが馬鹿にならない。しかも、「埋め立てた以上は一生モノ」だ。

まだ、これなんかはマシなのかも知れない。例えば、「汚泥」を「コンポスト」化して「有機肥料」として「再利用」したりもする。ここでは「肥料法」と言う法律で「肥料の原料とできる、有害物質の濃度」が決められている。まあ、あまりにも「酷いモノ」は使えない訳だ。だか、「肥料法」と言っても「有害物質ゼロ」を要求している訳ではない。つまりは「若干のリスク」(実際、どこまでが「安全」なんて誰が言えるのだろうか)は有る訳だ。

これら一連の事柄を、

「個人的には日本の環境インフラの基本的な考え方には疑問を持っているが…」

と言ったのだ。だから、最初から「有害物質は各企業が責任をもって処理・処分すること」と言う「法」で縛って、「下水には原則家庭排水だけを流す」ようにしておけば、このような「リスク問題」も生じなかったし、巨額の「社会的コスト」(本来は企業が負担すべきところを、一般家庭がそれを負担している)も生じなかっただろう。

一旦「系外(自然界)に出してしまった『有害物質』は、超長期に渡ってリスク要因になるし、それを「回収」しよう、と言うことになると、天文学的なコストが必要になる」だろう。

そう言う意味では、今回の「福島原発」は最悪だと言えるだろう。

「止むを得ない措置」

であったかも知れないが、高濃度の放射性物質を自然界に放出したコストは、恐ろしく高いものにつくだろう。
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現代の閉塞感のある世界がもう少しだけ住みやすくなれば良いなぁ、などと考えております。今の状況の延長線を自分たちの子供たちや孫たちへバトンを渡すのは余りにも無責任だと思っています。大学は工学系卒。国立K大学の経済学研究科大学院修士。博士課程考慮中…。この国の未来への良きシナリオを描きたいと思いトボトボと歩いてるって感じです。ただ最近は、当方の怠慢のせいでtwitterまとめ、或いは「忘備録」化してます…。しかし、同志さんたち大歓迎です。

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