東京都は「震災瓦礫を受け入れ」いている…事実確認出来て居なかったお詫び…しかし、マップを見ても解るけど、管理者の意見は変わらないことなど

前回のエントリで、

『それと、そんなに「安全」なら、まず「関東地区」で焼却処分すべきでしょう…まずは「東京都」からね。国の「基準」は8000ベクレルだから、その「基準」で、まずは少量でも良いから是非とも「焼却処分」してみて欲しいよね…公に「公表」した以上は』

と書いたけど、あれから調べてみると、東京都は「震災瓦礫を受け入れ」いているみたい。

『被災地外での広域処理は青森、山形、東京の3都県が受け入れている』

と言うことで、この事実関係について、管理者が「調査不足」であった事をお詫びし、訂正させて頂きます。

『被災地のがれき処理』という「Yahoo!Japan ニュース」サイトで、関連情報がアップされております。

ただ、やはり、jiji.com(時事ドットコム)の報道では、

がれき受け入れ3都県のみ=国、ようやく対策に本腰-13年度末までの処理難しく

震災瓦礫の主な広域受け入れ状況


東日本大震災で生じた2200万トンを超える膨大な量のがれきは、今も大半が仮置き場に山積みされたままだ。カギを握る被災地外での広域処理は青森、山形、東京の3都県が受け入れているだけで、多くの自治体が慎重な姿勢を崩していない。全体の約6%(5日時点)しか処理が済んでいない中、国はようやく対策に本腰を入れ始めたが、目標とする2013年度末までの処理完了は難しくなっている。(2012/03/09-15:23』

と言うのが「実態」のようです。まぁ、「少量でも」って書いて、実際に東京都は受け入れて居る訳で、この「事実を知らなかった」事は、重ねてお詫びいたします(上記の記事の「図」は拡大したのでボケていますから、クリアーな図は、図の所で左クリックするか、リンクしている元記事を見て下さい)。

と、言って、管理者の基本的な「意見」は変わりません。

「独立系メディア E-wave Tokyo」さんの意見に極めて近い…です。

それから、東京都は、「福島原発の電力の受益者」でしたし、東電の大株主ですから、元々「一定の責任」があるとは思うのですが、しかし「震災瓦礫受入」を「実施」されている。その事は「安全性の議論は別として」、評価出来るかも知れません。が、同時に「東京都民」はそれを受け入れられているのか、少し疑問に感じます(と、言って、東京は実は既にかなりの程度「汚染」されて居ますので…報道によればですが…もう少し位増えても…って感じなのかも知れませんが… でも本当は「少しでも少ない方が良い」に決まってると思いますが…それに「焼却処理」は多くの問題を発生させる…もうしていると言われている…ので、東京都の都民の人たちは、本当にそう言う、「自分たちの健康に影響する情報」を聞かれているのか…と思います。これは「見えない」汚染ですから、気にしていなければ「気付かない」内に進行してしまう。その部分で「恐ろしさ」を感じてしまいますが、都民の人々はそういう「認識」をされているのでしょうか?)

放射性セシウムの都道府県別月間降下量2011年3月〜6月合計の汚染マップ

(この「図」も拡大でボケていますから、図の所で左クリックするか、上記のリンク記事を見て下さい)

この「図」で解りますけど、北は「青森」から西は「長野」「静岡」までの汚染が激しい。もちろん、「福島県」は桁外れの汚染ですけど、「宮城県」は「測定不能」になっています(これも「不自然」なんですけどね)。そして、「東京」は「青森」や「秋田」よりも汚染レベルが一桁上。「山形県」と並ぶレベルです。で、もちろん、関西圏は一桁~二桁代。「東京都」は五桁台の汚染レベルです。

最近、兵庫県加古川市の「加古川市議会」が「震災瓦礫受入」を議決したようですが(実際には「加古川市」には埋立地が無いため、神戸沖の埋め立てになるので、結局は現状では「パフォーマンス」の域のようですが…)それらの一連の「動き」は、やはり「国からの実弾」がかなり大きく動いて居るようです。

「受け入れて(焼却・埋め立て処理)くれれば、1億円…」

とかですね。財政状況が悪化している「地方政府」は、この「エサ」にパクつく…ようですね(そう言えば、近年「加古川市」は財政が悪化している…東播地区で「製造業」が盛んな地域は、近年の「製造業」の業績落ち込みで財政難となっている模様)。

これ、確かに「短期的」には「利益」になるかも知れませんが、果たして「長期的」「超長期的」に見てどうなんでしょうか。「超長期のリスク」と言う「負の外部性」を抱える事になる訳で、「長期的」或いは「超長期的」にみれば「取り返しのつかない大赤字」になるかも知れませんね。

で、「政府(地方政府)」が信用できないのは、もしも「実施」してみて(実際「実施してみないと解らない」訳ですけど)、「規制値を超えた数字が出た」場合。これ「どうしょうも無いし、正直に報告する訳には行かない」ですから「もみ消し」「N/D」って事にします…これが「役所の常套手段」です。

つまり「規制値は絶対安全(これも疑わしいけど)」⇒「規制値を超える事は無いから安全…と住民に説明、説得して、何とか了承を得る」⇒「ところが実際に実施して規制値をオーバーした値が検出される」⇒「責任問題になるが責任を回避したい」⇒「再度、再々度、測定する」⇒「規制値内の数字が出ればそれを発表する」⇒「どうしても規制値をオーバーする場合は、もみ消す」。

と言う「フロー」になる。なぜなら「役所は責任を取らない」(或いは「取れない」。と言うのは「責任を取る」と言う事は「懲戒処分」下手すれば「懲戒免職」)から。

「何で、オーバーしたら、オーバーしたので『受け入れ停止します』って言えないのか」

と思うでしょう。でも、まず「オーバーした時点で責任問題が出てアウト」ですよね。でも「役人は責任を回避する」習性がバッチリ身に付いている(どうしても「取らなければならない場合」でも「トカゲの尻尾切り」で収めようとする)。それから「オーバーしたから止め」では「上位官庁」や「関係した政治家」さんの「顔が立たない」。その他、諸々…。

兎に角、現状「西日本はクリーン」なのだから「汚染を拡大すべきではない」ですね。この「論議」は前回エントリと同じ。

しかし、それにしても「懲りない」ですね。国も東電も、「金で心を操るって手法」は「同根」ですね。また「それに乗る方も乗る方」ですけど。

これ、止めれるのは「市民・国民の良識」だけです。でもその「市民」が「地元産業が無ければ、そういうお金で考えが変わってしまう人が多い」のも事実ですから…特にこの長期の不況ではねぇ。

でも、本当に、年寄(50歳以上)は良いとして、子供や妊婦さんは守らなければならないです。高度の汚染地域の人たち…特に子供たちや妊婦さん…は、北海道や西日本に避難すべきだと考えてます。震災瓦礫処理は「汚染地域で埋める(これも単純に「埋める」だけで良いのか、政府や省庁の息のかかって居ない、原子力だけでは無く、医療とかの専門家を交えて、真面目に検討するべきだと思っています)」。そして、「震災瓦礫」受け入れのために使おうとしている「巨額のマネー」は、そういう人たちの「移転」「自立支援」にこそ使うべきだと管理者は考えますが、みなさんは

「どう考えられるでしょうか?」

「思考停止」はキケンですから止めて、御自分で「色んな情報を集めて」、御自分の頭で考えてみて欲しいです。

実際、震災直後は「世界が賞賛」した日本ですが、その後は「世界が非難」(この辺りは「ざまぁみやがれい!」と言うブログで詳しく書かれていますので、興味のある方は訪問してみて下さい)していますよね。確か、

「日本人の震災後の行動は、秩序正しさでは無く、強い動物に襲われた時の弱い動物の見せる“仮死反応”のようなもの」(正確な表現は覚えていませんが…)みたいな報道がされてた記憶はあります。しかし、それにしてもココまで来ると、

「もうこの国は、終わってるな」

って感じて、怒りよりも「無力感」を感じてしまいます………
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03/30のツイートまとめ

AraKouryuu

わたしのように経済学部出身でないのに経済学大学院に行こうと思っている(もしくはもう合格されてる)方。「ミクロ経済学」と「マクロ経済学」の基礎は自習しておきましょう。特に「ミクロ」は重要性を増してます。わたしは「マクロ志向」で「しまった!」って…今頃ミクロをボチボチ自習中(^^ゞ
03-30 10:21

03/29のツイートまとめ

AraKouryuu

福島原発、未だに、こんな状態なんだ。http://t.co/rXDJ0F71
03-29 09:40

03/27のツイートまとめ

AraKouryuu

う~ん、困ったなぁ。修士論文、入学時点では「財政」について書く積りだったんだけど…その後「財政」に対する関心が薄れ…でも、結局、指導教官が見つからなくて「財政」に舞い戻ってしまったけど、やっぱり「研究計画のテーマ」に対する興味はかなり薄れちゃってるし…どうしたらよかんべかなぁ。
03-27 22:00

03/26のツイートまとめ

AraKouryuu

どうも最近「情報発信」するパワーが低下してるような…多分「充電期」なのだ…と無理に思って居る(^^ゞ 「しなくちゃ!」と思ってる事が多すぎて「集中出来ていない」のも原因だな。それとまた学校が始まるってのも…基礎的な「前提」で、いちいち「え~、本当!」とか突っかかるんで亀の歩み。
03-26 04:12

今回は「批判覚悟」で書くけど…放射性物質で汚染された瓦礫は拡散してはだめだろう…むしろ「一か所」に集めるべき

今回は「批判覚悟」で書くけど、それは「震災瓦礫受入」と「瓦礫の焼却」「焼却灰の埋め立て処分」について。

「震災瓦礫処分」は確かに「被災地」にとっては「復興」への第一歩であるし、「震災瓦礫受入」は人道上は「拒否し辛い」ところなんだけど、今回の「震災瓦礫」は「通常の震災瓦礫とは別物」である事を、冷静に判断して欲しい。勿論「通常の震災瓦礫とは別物」って言うのは「放射性物質による汚染」があると言う事。

実は日本の「下水処理」もそうなんだけど、

「一体、誰のためのモノ?!」

って言う部分がどうしても払拭できない。つまり、「下水処理」も「一般家庭排水」だけを処理するのなら、それ程問題は無い(全く無いとは言えない)けど、日本の「下水処理」は、表現は悪いけど、「ミソもクソも同じ」に扱ってるのだ。

つまり「重金属」や「有害化学物質」を十分に処理していない「工場排水」を受け入れて居ると言うこと。で、「何が悪いか」と言うと、一応、下水に流せる水質基準は「下水道法」で決まってる。だから法律を守る限りは「基準内」(これも多いに「議論の余地」があると管理者は考えているけど…それは取り敢えず置いておくとして)での「工場排水」しか流していない…はず。

だけど、現実には「基準以上の有害物質を含んだ工場排水」を流している工場は、確かに有る。と言うのは、「明示的」なモノと「暗示的」なモノがあるのだけど。「明示的」なモノは、「下水処理場」の流入水のモニターで明らかに「異常値」が出る場合がある。そして、その場合は、下水処理場で「採水」するのだけど、同時に「何処が流したのか追跡調査をする」。だけど、これ、はっきり言って「全く意味が無い」と言っても過言ではない。

某工場が、一時的に多量の「有害物質」を故意に、或いは「過失」で流したとしよう。で、下水処理場に流れ込んで来て、「確認」されるのは、工場の立地にもよるけど数十分から数時間後。それから「その有害物質を含んだ汚水」を逆行して「追跡」して行くと、早くても数時間は掛かる…これは「理屈上」の話。現実には「そんな事は不可能」なのだ。だって、逆行して追跡してる間、づ~っと「有害物質」を流し続けてる「工場」なんて無いから。

それから、ある意味「構造的」で、もっと「性質が悪い」のは「下水道が元々そういう風に出来ている」事。これが「暗示的」って言った部分。「明示的」の部分はもう「問題外」。だって元々、違法に高い濃度の工場排水を流しても、普通なら解らないような仕組みになってるから…だから「下水処理場」で解る位の「有害物質」って、もう、信じられないくらいの「濃度」なわけ。

で、「元々、違法に高い濃度の工場排水を流しても、普通なら解らないような仕組み」って言うのは、多量の家庭排水(や「合流式」なら雨水も)と「混じって」入ってくるから、「凄~く、希釈されて入ってくる」わけ。だから、

「下水処理って、企業のためにあるんじゃないの?」

とか思ってしまうくらい。と言うのは「企業は有害物質を法の範囲で下水道に流せる水質にまで処理しなければならない」けど、これをするには(当然だけど)「コスト」がかかる。「処理設備」も必要だし「設備のランニング・コスト」もかかるし「管理費用」も掛かる。で、それらは「製品価格」に反映する訳だけど、「それじゃあ、競争に負ける」…ってところか(或いは、「利潤」を最大化するためなら…って訳か)。

で、今の「下水処理」のシステムだと、色んな排水と混ざって薄まるから(極端かも知れないけど)、

「そんな事、気にする必要が無い」

勿論「限度」はあるよね。それ超えると「明示的」に現れるから。

で、本当の「問題」はここから。

「じゃあ、総量として、工場から下水に排出される有害物質量は減ってるでしょうか?」

って事。全く全然「減っていない」よね。で、実は「下水処理場」って「処理」できるのは「有機質」だけなの。だから「重金属」なんて処理出来ない。

「でも、測定したら処理水の重金属濃度、すごく減ってるよ」

って、少し知ってる人は言うかも知れない。でもそれは、「生物吸着(微生物吸着の方が正しいか)」で、処理場では「汚泥」って言われてる本当は「微生物のコロニーが主体の泥状のモノ」に吸収されてるだけ。で、この「汚泥」を「脱水機」で水分を落として「脱水ケーキ」(含水率で70~80%位)、と呼ぶ「粘土状」のモノにする。これを更に「減量」して「処分」し易いように「焼却炉」で焼く。すると、「顆粒」と言うか「砂」のような状態になる。これを「焼却灰」と言う。で、「じゃあ、有害物質はどこへ行ったの?」と言うことだけど、一部は「気化」して大気中に(その後、飛散してどこかに落下)、そして大半は、この「焼却灰」の中に。で、この状態が「安定」なら「それ程の問題」では無いのかも知れない。けど、この「焼却灰」を陸上や海上の「埋め立て地」に「埋め立て処分」する。

だけど、良く考えて欲しい。陸上の埋め立て地、確かに「有害物質の種類や濃度」によって「埋め立て地の規格(シールですね)」が決まってるけど、沢山、雨が降ったら「防水してればしてる程、そこってビチャビチャのぬかるみ」になるよね。だから、どこからか「水」を抜いてやらなければならないでしょう。この「水」ってどれ位の「有害物質濃度」なのでしょうか?

それと、海上埋め立て。これはある意味「もっと酷い」ね。「海上埋め立て」ってなにも「乾燥した海上の空き箱」に「焼却灰」を捨てて…いや、埋めて行く訳ではないのよ。実は「ここでも下水処理みたいな事をしながら埋めて行ってる」ってのが実態。これ、何も㊙じゃあないよ。たしか「見学会」もやってるはず。で、当然、海水と焼却灰が混ざって「泥水」が出来るから、これを「一応処理」してその「処理水」は海へ流してるわけ。しかも、埋め立てが完了するまでは勿論だけど、埋め立て地の「囲い」のモルタルは、当然だけど、壊れたり、ひび割れたり、経年劣化するでしょ。すると、また「補修」するけど「コスト」が発生するし、なにより「汚染物質」が流れ出る…よね。

つまり「有害物質」って、一度「拡散」させちゃうと、「リスク」も永~い間、抱え込まなければならなくなるし、「コスト」も永~い間、掛かり続けるし、もしも「それを回収しよう」なんて思ったら「天文学的なコスト」が掛かる…ってこと(って言うか、殆ど「不可能」でしょ)。


長々と、「下水処理」について書いてきたけど、これは「震災瓦礫」にも言える事だから。

基本「有害物質(この場合は「放射性物質」も含む)」は「拡散」させるべきではないって事。

「じゃあ、震災復興の第一歩が踏み出せないだろ!!」

ってのは十分に理解してる。で、その「代替案」も、もの凄く「批判されるような案」だからね…ちょっと気が引けてしまう。
(要は「一か所に」集める…だから「その土地はもう使用不可」…だからその土地は当然、「震災前の地価」で、第一義的には「東電」が、更には「政府」が責任をもって買い入れる。それから「焼却」は「減量」するために本来なら「必要」な措置だけど、今回は「焼却」はマズイだろう。だから、その土地を深く掘って、埋めるしかないのでは…と思う…でも一体誰が「作業」するんだろう? それに「高濃度で汚染された地域の瓦礫は対象外なの?」…そこは「復興外地域」な訳? で、どこまでが「高濃度」って線引きが出来るのかなぁ。区切られた人、「隣の家まではOKで、うちはダメなんかい!」ってならないのかな~)

でも「放射性物質は拡散させるな」と言うのは、わたしだけの「意見」では無い。


『すべては「気付き」』ってサイトでも書かれてる。

「汚染は広げずに一箇所に留める」-世界の常識

この問題は元々は「原子力行政」を進めてきた「国」や「一部の人々」の問題だったけど、いまはもう「日本国民」全員の問題だし、「地球市民」全員の問題になっている。このサイトは是非見て欲しい(ソ連が「チェルノブイリ事故」を起こした時、多くの日本人は「ソ連、なんて事してくれるんだぁ!」なんて思った人、多かったと思うけど、それと同等、或いはそれ以上の「地球全体に影響を及ぼす放射性物質汚染」を引き起こしてる…と「自覚」しなければね。世界中のひとびとは「同情」と同時に「非難」もしてると思う)。

しかし、そんな中で、どこまで「市民の同意が取れてるのか解らない」けど、「神戸新聞の電子版」で、次のような報道があった。
がれき処理、統一基準決定 関西広域連合 

 関西広域連合は25日、東日本大震災で発生したがれきの受け入れについて、大阪府が昨年末に定めた処理指針を統一基準と決め、可燃廃棄物の広域処理に協力することを確認した。構成府県は今後、この基準を基に焼却施設などを持つ各市町村に受け入れを要請する。最終処分は近畿の自治体でつくる「大阪湾広域臨海環境整備センター」に検討を求める。

 広域連合は今月、専門家会議を2回開き、大阪府の指針を踏まえ統一基準を検討。がれきの放射性セシウムの目安値を1キログラム当たり100ベクレル以下、埋め立て可能な焼却灰は国の基準8千ベクレル以下よりも厳しい2千ベクレル以下とした。

 この日の知事会合では、受け入れるがれきを岩手、宮城県内の可燃廃棄物とすることも決定。焼却灰の海面埋め立ては個別の安全評価が必要だが、国が手法や基準を明確にしておらず、同センターでの検討を要請するにとどめた。

 これを受けて兵庫県は、4月上旬にも県内市町に対し、受け入れの働きかけを始める。県内ではこれまで、加古川市会が受け入れを市に求める決議を可決。ただ、同市は焼却灰を全て神戸沖処分場に埋め立てており、実施には海面埋め立ての安全性確保が必要となる。(井関 徹、上田勇紀)
(2012/03/25 23:16)


この辺りの「繋がり」が錯綜しているけど、関西広域連合大阪湾広域臨海環境整備センターとは「重なってる」けど「別の組織」みたい。で、大阪湾や神戸沖の埋め立て事業(所謂「フェニックス」)を行ってるのは後者。

でも、加古川市がもしも「震災瓦礫」を受け入れて、焼却処分して、その灰を「神戸沖」に埋め立てたら、なにしろ「内海」ですからね。まず「漁協」とかどうするのでしょうかね。「風評」か否かは別として、魚や海苔が売れなくなるかも知れませんね。

それと、わたしは「被災地の雇用問題」について考えてるのだけど、ホント、これって難しいと思う。それも「放射性物質汚染」があるのが凄く「ネック」になる。これも「風評」か否かは別として「農産物」や「海産物」だけでは無く、「全ての生産物(第2次産業の産品とかも)」が「疑いの眼」で見られる(と言うか「見られてる」だろう)。これも「非難される」だろうけど、試しに海外に「日本の東北製」ってはっきりと「表示」して輸出してみれば解ると思う。確かに「同情」や「支援」はしてくれるけど、「それとこれとは別」で、「輸入拒否」されるか、或いは「厳しい検査」を受けるだろう。だから、もう始めから「商品としての競争力」が落ちるよね。「いくら安くても要らない」って言われるかも知れない。これこそ「震災復興の足枷」になってしまう。でも、「雇用」は創出しなければならない。で、わたしの案は、

「ネット産業」「ソフトウエア産業」をまずは「足がかりに」する。これなら「放射性物質汚染がどうのこうの」言われる事もない。それに「インド」の例を見ても解るけど、インフラが不十分でも「無線通信」で補える。ただ、確かに「誰でも、そんな事出来る訳がない」ってのも確かだけど。大学やIT産業が「核」になって、これからそう言う人材を育てて行けば良い。それから、「ネット産業」「ソフトウエア産業」が大きくなってくれば、それに付随した「色々な仕事=雇用」も出てくる(例えば、「何のスキルも無い」って人たちも、ビルのメンテや清掃。それに企業内の「食堂」や、近くに「飲食業」や「お弁当屋さん」の需要も出てくるだろう。それと、なにも「これだけでやって行けば良い」とは言っていない。まずは「放射性物質汚染がどうのこうの」言われる事もない、こう言う「企業」を復興の「スタート」にすれば良いのではないだろうか、と言っているのだ。

で、話はまた元に戻るけど、地価も、この間、「西高東低」なんて「路線価」の報道がありましたけど、これで「地価」が下がったら「誰が保証」してくれるのでしょうか? しかもこれで起きた「地価下落」は超長期なものになるだろうし、それは「風評」にせよ否にせよ(だから「数値で幾ら○○シーベルトで安全な範囲です」って政府が言っても「効果が無い」のよ。要は「市場」が判断する訳。)、「西日本も汚染が広がった」って「外国」が判断したら、「メード・イン・ジャパン」は売れなくなるリスクが高いと思うけど、そうなったら「加古川市議」責任とれるのでしょうか?

それに、まず、それよりも(「お金」よりも)、「健康被害」が出たら(「証明」は難しいですよ。事故を起こした福島原発の近郊でも難しいのですから。で、これって何十年もたたないと解らないし、「はっきりした相関関係」の証明は難しいでしょ…「○十年前に比べて△%、発がん率が上昇している。だが、はっきりした原因は特定できない…」とかね)誰が「責任」を取るのでしょうか。

それと、そんなに「安全」なら、まず「関東地区」で焼却処分すべきでしょう…まずは「東京都」からね。国の「基準」は8000ベクレルだから、その「基準」で、まずは少量でも良いから是非とも「焼却処分」してみて欲しいよね…公に「公表」した以上は。

それにコレって「法的」にも「コスト」的にも不思議だね。東北の「震災瓦礫」をはるばると遠い「加古川」まで持ってこようとすれば、「運送トラック(認可要)」の搬送費がもの凄く高いし、「産業廃棄物」の運搬でも「他都市や府県」を通過(通るだけですよ…ただ、確率は高くないかも知れないけど、事故ったら、そこで瓦礫が散乱して、清掃しても幾らかは残る訳だし、気密性の高い運搬車両:これもコストに跳ね返る、を使っても、微細なホコリとかは撒いて行く事になる可能性が高いね。こういう気密性の高い車両でも「臭気」が漏れてるでしょ…つまりは「微細なモノは漏れ出てる訳)するだけで「知事」さんの「認可」が必要になる。東北から兵庫県までの「全ての知事」さんは、地元の住人を説得して「通過」させる事が出来るのでしょうか(これ、普通のゴミでも「住民の同意」を得るのは難しいのよね…それとも「住民に内緒」で進めるのかなぁ)?

これで「喜ぶ」のは一体誰でしょうか? そして「何故、彼らは喜ぶ」のでしょうか? 彼らだって(と言っても、本当にリスクに直面するのは、積んだり搬送したりする運転手さんや従業員だけどね)、それに彼らがもう年寄だとしても、彼らの子供や孫たちは「超長期的にリスクを抱える事になる」のですけどね。

「薄まったら大丈夫」は本当に危険な発想だと思う。

03/23のツイートまとめ

AraKouryuu

今更ながら良く解ったこと…「上には上が幾らでも居る」。だから、後は「自分の持ち味」で勝負するしかないナ。「自分の持ち味」…ってのも難しいけど、あえて言えば「問題解決のインスピレーションが若干ある事」かなぁ…但し、時に「妄想」モードに突入するが(^^ゞ
03-23 10:24

日本って、世界的にみれば「信用」が高い方の国だと思ってる(本当はどうなのか解らんけど…)。だけど、実際、自分が、日本の中に住んでて、長期的に感じてるのは、この国の色んな“世界”で「信用」(モラル?)がドンドン低下してると言う事。これがこの国の「現代の一番の問題」なのかも知れない…
03-23 10:15

本当に、公私にわたって問題山積! こういう時は、優先順位つけて順番に片付けていくのが基本なんだろうけど…「時間的余裕」が無いと、余計に慌てて混乱するよね。同時に複数の懸案を考えたりして、結局「一つも片付かない」(^^ゞ まぁ、自分が考える立場に無い事は考えないようにしないとね。
03-23 10:06

tweetの流れを見てるだけで「みんな、頑張って生きてるな~」って感じる。みんな「いろんな事したり考えたりしながら、頑張って生きてるんだ」って…
03-23 02:29

Recently,I have begun to feel "tired" truly. It may be some kind of "sense of helplessness" . "Positively !" I give a pep talk to myself.
03-23 02:24

しかし、そこまで解ってながら、知識を追い続ける事を止めようとしない(最近は、加齢現象+αで「覚える」より「忘れる」方が速度が速くなってるような…)。だから、もうそれは「依存症」になってるのだろうなぁ。「アホみたい!」とか思いながら、それでも依存症は治らない…殆ど、全く「病気」だ。
03-23 02:00

全く「世界」は謎に満ちている。はっきり言って、知らない事だらけ… 四半世紀も「知識を追い続け」て、この年齢になって「殆ど何も知らない自分」に気付き愕然となる。知識は少しは役に立つ事もあるけど「結果」は別物。本当に学ばなければならないのは肯定的な意味の「無常」だけなのかも知れない。
03-23 01:53

とうとう「市の名前」まで売っちゃうの…それって問題が…行政に「規律・効率」を求めるのはホントに難しい

国の財政状況があれだから、地方政府の状況は悲惨そのものだろう…とは思ってた。
 
一部の地方政府を別とすれば、殆どの地方政府(道府県)は、国からの援助(補助金や地方交付税交付金等々)が無ければ「破綻」寸前…いや「破綻」だろう。

そして、明らかに「国」は「地方切り」を進めている…と言うか「進めていた」。その進行を止めたのが「リーマン・ショック」「世界同時不況」であり「東北地方太平洋沖地震」であり「福島原発事故」であった。

しかし、将来的には「国」は「地方切り」を進めなければ仕方が無い状況になっている。実際「リーマン・ショック」以前には「地方交付税の減額・撤廃」作業が進行していた。

しかし、「国からの援助が無ければ(現在の税制では)地方政府は、軒並みギブ・アップ」だ。

それでなくても、「地方政府」は毎年の年度末、「退職金支払」で財政が危機的状況になる。
(実際「その手の著書」も数冊読んだけど、著書名は本の山に埋もれた、該当著書を探してこなければ思い出せない)

しかし、今のところ、「国からの地方への財政補助」はされているはずだけど、それでも「苦しい」事には違いなく、本来は「地方政府独自の財政政策」を立てなければならないだろう。でなければ早晩、殆どの「地方政府」は「国」よりも早く「デフォルト」に陥ることになるだろう。
 

ちょっと、話を進める前に「注意」ね。今回のエントリは「少々過激」かも知れない…とことわって措く。記述に関しては、一々「根拠の再確認作業」は行っていない。わたしの「記憶」の範囲で書いているので、現在「制度が変わっている部分」が有るかも知れない。しかし、概ね、「こういう事」が行われて来た事は確かだ(それは最近まで、或いは今でも…)。そして「こういう事の積み重ね」が「現状」に繋がっていると個人的に思っている。誰か「反論」があれば、言って欲しいし、もしも「もっとDeepに知って居られる」のであれば、御教授をお願いしたい。


しかし、元々「現場」である「市町村」(や「道府県」)が行う「公共事業」は、「新規事業」と条件を満たした「改築事業」は、「国」が「予算」を作成し(だから、国⇒都道府県⇒市町村へと、「補助金」の消化ノルマに近いモノがあった。もちろん、それを「断る」ことも出来たが、そう言う行動を取ると、「本当に実施したい事業」が出て来た時に、「あなたの所は補助金要らないんでしょ」…みたいな「嫌がらせ」をされることにも繋がるリスクが高かった。だから、「地方財政」が本格的に悪化し始めてからは、各地方政府の担当者は「どこかで引き受けてくれないかなぁ」と、頭を低くしていた…と言う。だが、一方で、何を考えてるのか「ハイハイ」と手を上げる地方政府もあるとか…そういう地方政府の担当者は、当然、上位官庁の「覚えが目出度く」なるのだ…だから、それを狙ってとしか考えられないだろう)、それを、ある程度(これも変なのだけど)「特定された事業」に「交付」して、現実には「やらせていた」。

ここで、「ある程度」が変だと言ったのは、元々、「細かい所まで規定した」積算方法によって、具体的な「○○部局の○○工事」で、しっかりと「積算」された「金額」の「4割補助」とか「5割補助」で実施される…と言う事になっているはずだからだ。しかも、これらの「公共工事」は「事後」で「会計検査院」の「検査」を受け、「適正に執行されたか検査される」事になっている…のだ。で、「会計検査」で×が付くと、当然、「返金」と「ペナルティ」があるはず…なのだ。それから「現場」が負担する「残額…5割から6割は、上位官庁の承認(つまりは保証)が下りて「債券」が発行され、それを「銀行」等が受け入れてくれるのだ…多分、地方政府だけの「信用」では、「銀行」はその「債券」を引き受けないだろう…「銀行」は「良く解っている」のだ。

だけど、現実には「国」(と言うか、この国の「予算制度」)は、成立した「予算」を全て執行しなければならない(「単年度主義」だね…但し、「議会」の議決を得れば「複数年に亘る事業も可能」ではある)。ここで「不思議」と言ったのは、ある「地方政府」が確定した(つまり、国庫補助金が付いた)事業が、「諸般の事情によって出来なくなった場合」…国民は「なら、補助金は政府の国庫に返す」と思うだろうが、実は「違う」(場合が多い)のだ。「じゃぁ、そのお金どうするの?」って言うと、国にすれば「一度付いた補助金を執行出来ないから余りました…では、政府の予算編成の甘さを指摘されかねない」(それだけの「事情ではないとは思う」けどね)。だから、「付いた補助金は、地方政府の方で(責任をもって)執行しなさい」と言う事になる。 つまり「使用目的が明確化され、積算されて金額まで出された事業費」が、そんな事を行っていない「代わりに(適当に?)探し出してきた事業」に使われたりもしていた。

しかし、ここが全くの「疑問」でしょ。だって、

「細かい所まで規定した」積算方法によって、具体的な「○○部局の○○工事」で、しっかりと「積算」された「金額」の「4割補助」とか「5割補助」

を受けた「厳密に積算された」公金なんですからね。それを急遽「別の目的でも良いから…」ってのは、「厳密」なのか「ドンブリ勘定」なのか解らない…なら、大変な「設計・積算」(これも公金ですよ)を作った意味はどこにあるの? って話。で、その「設計・積算」にしたところが、役人でそんな事が出来る人材が居ない…だから、コンサル業者に「設計・積算」をさせる。当然、これは「本工事」に先駆けての「設計委託」(もう少し詳細に言うと「計画設計」と「実施設計」とがある)と言う事業で、役所は「民間コンサル会社」に委託発注する。これがまた半端な費用じゃ無い。本工事の3~5%位取られるんじゃないかなぁ…だから例えば30億円の事業(プラント工事等)をしようとすると、9000万円~1億5000万円位の「設計費用」が掛かる!

「一体、じゃぁ、なんで設計部局なんて必要なの?」

って思ってしまうよね。彼らがやる事は、「設計委託費の積算」。それから㊙の「公共単価」とかもあるから、それを「載せ替えて金額を算出する」。あとは「計画・調整・発注・工場検査」&「上位官庁(金主)との調整(交歓って言っても良いかも知れない…人間関係って…特に「もたれ合い」の時は重要だからね)」

ところで、ここまで読まれた「鋭い読者」の方は、気付かれたと思うけど、「このシステム全体がオカシイ」よね。だって「秘密」のはずの「特定の公共事業費がダダ漏れ」じゃないの!!
(もちろん、最終的な「予定価格」は担当の管理職、一人が決める事になってるみたいだけど、それにしても落札価格が担当の管理職しか知り得ないはずなのに、「予定価格」の99.×%…中には100%ってのもあるけど、そんな事「有り得る訳が無い」でしょ!? ○○しない限りは…)

これ以上の「内容」はキケンだから止めておく。でも「想像」付くでしょ?

で、一方で役所にとって「本当に大変な公共事業」は、実は「小さな、或いは比較的小さな修繕」や「委託業務」の設計積算。と言うのは、これらは「コンサルを使う事はまず無い」。一つにはこれらは「補助金事業」ではなく「地方政府」の収入(「単費」と言う)つまりは、役人が実際の「設計・積算・製図・仕様書」を作成しなければならない。でも、これって本当に「難しい」と思う。だって、新品を設置する「大きな公共事業」(だけど、設計はゼロからだから割と簡単)は、それらの「作業」はコンサル業者がやるけど、「これらの小さな、或いは比較的小さな修繕」や「業務委託」は全部、役人自身が作業しなければならないのだから。更に言えば、例えば「修繕」するとき、「製造メーカーでさえ、傷み具合は分解してみなければ正確なところは解らない」のに、それを(確かに、担当の役人が、一部、或いは出来る範囲で分解・調査したりするけど…これは文字通り、机上の話ではなく、汚れ仕事)、「事前に、この範囲の部品が傷んでるとか予知して」実際の「設計・積算・製図・仕様書」を作成しなければならない。

しかし、「少額、或いは比較的少額の修繕」にそれだけの能力と労力を使い、「巨額の新設事業」がダダ漏れの、しかも「お手軽作業」で済ませている…って事が、本当に「非効率」この上無いね。

こんな「ドンブリ勘定」してるから…「そりゃぁ、財政なんてドンドン悪化して当然」だと思う。

で、なんで「こんな話」してるかって言うと、


読売新聞のON・LINE記事で、

「市の名前、売ります」破綻寸前の大阪・泉佐野

って記事が出てたから。まぁ、「地方財政危機」の中での「工夫」と言うか「苦渋」というか…ってところだけど、

「本当に、ここまで切迫してるんだ!」

って「記事」な訳。
 財政破綻一歩手前の大阪府泉佐野市は、新たな歳入確保策として、企業から広告料をもらう代わりに市の名称を企業名や商品名に変更する自治体名の命名権(ネーミングライツ)売却に乗り出すことを決めた。

 契約期間は1~5年で、国内外の企業を対象に6月から11月末まで募集、広告額は企業から提案してもらう。名称変更は市議会過半数の賛成で可能だが、市民からの反発も予想される。

 自治体名の命名権が売却されるケースは総務省でも「聞いたことがない」(市町村体制整備課)という。

 計画では、市の名称のほか、香川県の「うどん県」のような愛称の命名権も売却。また、市役所庁舎や、市道の通称も売却対象とし、市職員が着用する制服などへの企業広告も募る。企業の誘致による、雇用創出や税収アップも期待している。

(2012年3月21日14時33分 読売新聞)

しかし、「凄い」よね。でこれってかなり「問題」だと思う。

例えばSo○t B○nkが「ネーミング権」を手に入れれば、「泉佐野市」は「So○t B○nk市」になる訳でしょ(確かに自動車メーカーのトヨタは豊田市にある訳だけど、これは「逆」だよね。豊田佐吉の豊田を「公共団体が採用した」訳でしょ)。

で、「何が問題か」って言うと、それは「一私企業が公共の名を名乗る事で、私企業を超えた『信用』が発生する可能性がある」って事。

だから、なにも「So○t B○nk」がそれを「悪用する」とは思ってないけど、例えば(表現が悪いけど)、どこかの「いかがわしい企業」が「目的を持って」それを利用しようとした場合、「○○市からきました」(この場合は「○○市の方から来ました」ではない)と言われると、下手すると、本当は無い「行政権力を一私企業が、堂々と名乗る事が出来る」ってこと。

これ、やられると、特に「高齢者だけの家庭」は騙されちゃうよね。

「香川県の「うどん県」のような愛称の命名権も売却。また、市役所庁舎や、市道の通称も売却対象とし、市職員が着用する制服などへの企業広告も募る」と言う部分は、使い方にもよるけど、「自治体の名称権」を売却するよりは、遥かに「危険度は少ない」よね(それでも「リスクは上がる」と思うけど)。

ここで、言いたいのは、確かにこの国のシステム上、余りにも「地方政府の権力・発言力・能力…そして何より地方税収?」が低すぎるのが、大きな「原因」なのかも知れないけど、ここまで「逝っちゃう」までに、少なくとも「地方政府の能力」だけでも上げて、国の言いなり(まぁ、確かに、それが一番楽だし、上位官庁からヨシヨシして貰える=役所内での自分のポジションは上昇するのだから、誰もシンドイ目をして損な役割に回ろうとはしないし、もしも回る奴が居れば、「組織を上げて殲滅を図る」のかも知れないけど…)にならずに、「どうにか出来る道を探さなかったの!?」ってこと。わたしは「この事」を20年近く前から言って来たのだ…でも確かに「孤立無援」だったけどね。

だから、今となっては、殆どの地方政府(道府県市町村)がそうだから、もう「首を洗って待つ」しかないのかも知れない。

「赤信号、皆で渡れば怖くない」ってか…

03/20のツイートまとめ

AraKouryuu

サラリーマンしてると、あまり「意識」してない(と思う)けど、本当は「1円のお金を稼ぐのも大変な事」…なのに、そんな大変な思いで稼いだお金を「苛政」は平気で毟り取っていくよね。特に「被災者」さんたちは、十分な補償も貰えず生活手段も奪われたのに、追い打ちをかけるように…丸で他人事?!
03-20 22:47

03/19のツイートまとめ

AraKouryuu

米国在住の人に聞いた話。米国人って余程親しい間柄でないと「政治・経済」や「宗教」の話はしない…らしい。支持政党が違ってたり、宗教が違ってると喧嘩になったりするとか…わたしが「聞き及んでた米国人のイメージ」とは随分違うな…と。何事もドライに「議論」するのが好きだとばかり思ってた。
03-19 23:45

そう言えば、あの時「カナダ先住民」の人たちや彼らの文化に凄く魅かれた。ブリティッシュ・コロンビア博物館のジオラマがとてもリアルだった…一部は「実物の住居」とか展示されて。その大きな薄暗い展示室では「グレート・スピリット」の残留思念のような何かを感じた気さえした。
03-19 04:47

やっぱ良いな~「北の大自然」…星野道夫さんの著書を積み上げて読んでると、大自然の中に生きる人たちも愛おしくなるね。そう言えば、わたしはカナダの大自然を訪ねた事があるけど…本当に良かった。「絶対もう一度来るぞ!」って…今は高校生の息子に、あの大自然を見せてやりたい。世界観変わるから
03-19 04:31

米国経済との比較したかったけど難物…代わりに(?)「生命保険」のお話など…

今、米国の「民間資産」と「民間負債」、それから「公的部門資産」と「公的部門負債」を中心に、「総資産」と「正味資産」のデータを調べてるのだけど、これが中々に「厄介」だ。

この前、日本のを見たから、「米国と比較してみたいなぁ」と思ったのだけど…で、国連が経済データの基準を「国際比較が出来るように」定めたSNAってのがあるので、

「割と簡単に同じようなデータが入手できるだろう」

と思ってたけど、これがなかなかの難物。今は1993年版の「The System of National Accounts (SNA)」が使われてるけど、最新版は2008年版。しかし、この基準書、国連のHPから電子版が簡単にダウン・ロードできるんだけど、1993年版、いわゆる93SNAは全文英語で、全838ページもある。08SNAは722ページ。当然だけど、「こんなの読めないよ~」って事になる(と言うかなってる(^^ゞ)。

しかも、これを「理解」した上で、それから「各国データ」に臨まなくてはならない…正直「無理」(一言)。

で、少しずつ、米国財務省のデータとか探してるんだけど、やっぱり「国情」が違えば、取り扱ってるデータがかなり異なってる。GDPとかなら直ぐに出るけど、

「民間資産」と「民間負債」&「公的部門資産」と「公的部門負債」となると、どれがソレに当たるのか(いやむしろ「データそのものが無いじゃん」って…もっと良く探してみないといけないけどね)解り辛いったら無いね~

本当は、この切り口から「リーマン・ショック」以来の米国の「経済のハンドリング」を見たかったのだけどね…こりゃ~、なかなか出ないわ。


ところで、その代わりと言ってはなんだけど、

保険コンサルタントの後田亨さんの「保険会社が言わないホントの保険の話」から少し…

後田亨さんは、

「後田亨(うしろだ・とおる) 1959年生まれ。1995年に日本生命に転職。2012年より保険相談室代表・(株)メディカル保険サービス非常勤顧問。2007年に上梓した「生命保険の『罠』」(講談社+α新書)で保険のカラクリを告白、業界に波紋を広げる。以後、主に執筆・セミナー講師・個人向け有料相談を手掛ける。近著に『がん保険を疑え!』(ダイヤモンド社)。このほか「“おすすめ”生命保険には入るな!」(ダイヤモンド社)、「生命保険のウラ側」(朝日新書)。メディア掲載多数。」

と言う経歴の方。で、現在「日本経済新聞」に「保険会社が言わないホントの保険の話」シリーズを連載されている。

詳しい話は、上田さんのサイトとか、連載記事をみて貰えば良いと思う。

その、日経の2012/3/16の記事は「保険嫌いは意外に正しい」っての。

その導入部は、
「とにかく保険は嫌い」「悪いけど、君らのことは『人を騙(だま)してお金を稼いでいる』と思っている」……。保険業界に転職したばかりで、飛び込み営業を繰り返していた90年代後半頃、営業マンへの敵意(?)を隠そうとしない方とたびたび遭遇しました。

 自分が選んだ仕事が差別されているようで、ショックを受けました。公言する人がいないだけで「職業には貴賤があるのだ。少なくともそう認識している人は意外に多いのだ」と実感したからです。

 ただ、あらためて当時を振り返ると、「保険嫌い」を自称する人たちの「感覚」は正しかったのではないか、と思います。

 私が敬遠された理由は、次の3点に集約されるでしょう。

(1)保険が「いい買い物」なのか測る尺度がない

(2)見ず知らずの他人に「いい話」を持ちかけてくる者がいたら怪しい

(3)(保険に加入している大半の)他人の判断に自分が倣(なら)う理由は見つからない

 このような発言をなさる方にお会いしたことはありません。ただ、それは個人の皮膚感覚のようなものを、わざわざ説明する必要がなかったからでしょう。

 実際、個々に見ていくと、今も変わらない保険業界の問題点や、消費者がおさえておくべき前提のようなものが明らかになる気がします。

 まず、(1)は保険の「透明性」に関わることだと思います。保険のセールスで常用されるのは、「もし……仮に……」「……たら……れば」「入っておくと安心」といった言葉です…

っての…。

この「感覚」は管理者も持ってるから(と、言いながらもう20年以上も、某大手生命保険に入ってる(^^ゞ)。

わたしの「理由」ってのは、彼が挙げた「理由」とは少々異なるけどね。

要は、「保険」って「何でもない紙」を高価で売ってるって感じかな。もともと「保険屋さん」は絶対に儲かるように「リスク計算」をしてる訳。だから「本当に入りたい、リスクを抱えてる人は入れない」の。で、リスクの低い人を無理やり加入させて、年齢に応じて結構な「保険料」を徴収する。それと、最近は「生涯掛け金一定」って商品が出てるけど、良く調べた方が良いと思う。そして、概ねの「生命保険商品」は一定の年限で「切り替え」ないと「保障額」がカクッと減るので、その時点で「掛け替え」を勧められる。で、その時に「積みあがってた、掛けてきたお金に比べるとほんの微々たる掛け捨て分では無い金額」も、「掛け替え時に、このお金を納められると、掛け替えの保険料が○○円、お安くなりますが、どうなさいますか?」と言う事になる。

もちろん、大抵の「お客さん」は、保険金が安いに越したことはないから、そのお金を「掛け替え保険の先入れ分(って言うのかな)」として納める。ここでも少々、違和感がある…「なんか、保険屋って尻の毛まで持っていってるんじゃない」…って感覚。

で、「保険屋さん」、セールスにはもの凄く熱心。「要らない」と言っても連日のように「押しかけて来る」。だけど、「支払い」が生じた場合や「加入者にリスク要因が発生した場合」は凄くシビア。まず「リスク切り」をする。それから「加入者が読んだことも無い(確かに、加入時に貰ってるけど、あんな分厚いしかも小さな文字で書かれた「規約」なんて、もう殆どの人は読んでないでしょう…まして、加入時には「リスク」なんて抱えてないんだから)「規約」のココに該当しますから…ってのが始まる。
 (それと、貯蓄型の場合でも、セールスマンorウーマンは「満期時にはこれだけの金額になります」って言うけど、それは「想定された運用が達成された時の事。つまり、運用が悪ければ、元本割れもあり得る…って事。そんな事、セールス時には言わないけどね、だから「信用」するけど…実際、おはずかしい話だけど、わたしが入ってた貯蓄型保険、約束の金額に達するどころか損益で元本割れ。こう言う時って、あれだけセールス時熱心に通って来てたセールスマンorウーマンさん、全く近寄ろうとしませんでしたね…全く「素晴らしい感覚」の持ち主たちです。)

「リスク」が低い時には「満面の笑み」で迎え入れてくれるけど、年齢が高くなって「現実にリスクが出始めたり」すると、

「次回の更新は制限されます」

ホントこれって「詐欺じゃない」って思うでしょ。更新時に「リスク発生者」は「低い保障の保険にしか更新出来ない」って…「この時のために、長い間、高い保険料払って来たんじゃないの」とか思うでしょ。で、「クレーム」を言うと、
 
「規定(規約)でそうなってます」

で終わり。そんな「保険」なら、はっきり言って「掛け金」を「貯蓄」してる方が余程まし…って事になる。

本当に「得する」事なんてまず無いだろうね(だってそういう風に最初から「設計」されてるんだから。いわば「宝くじ」みたいなモノかもね。買った時点で「期待値」が1/10位になる…みたいな…、で「当たり」は「確率的にとても低い「突然死」とか…)。

加入者は「自分に万が一の事があった時に、子供や家族のために、生活が成り立つように」と思って入ってる…だろうけど、本当に「万が一って、事故死」位だろうね。で、それ以外の、じわじわとやって来る「リスク」に対しては、「保険屋さん」は「振い落し」をするから、「保険会社の抱えるリスク要因は、切り捨てて行く」…本当に「上手く出来たシステム」だと思う。

齢をとって、最初は「医者通い」が始まる…すると、それは「リスク要因」だから、「掛け替え制限」に引っかかって「保険金の安い保険にしか入れなくなる」…幾ら若い時からかけて来てても同じ。だから大方の場合は「本当に保険金頼りになった時には、思ってた(加入時に聞いてたような好条件の保険金)ような保障は無い」…と言って良いだろう。

そもそもが、「慈善事業」でやってる訳では無く、むしろ「高給取の集まり」なのだから、少し考えれば誰でも解る。

だから、「高額の保険金」が入って来るのは「不慮の死」の時くらいかな…で、まぁ「家族のため」だから良いのだけど、自分は死んでる訳だから、家族にとっても「得」になる…と言う話では無い(はず…)だろう。

確かに、もしも自分が「保険屋」だったら「逆選択」を避けるようにはするよね…とは思う。

ちなみに、「逆選択」ってのはwiki丸写しだけど、

『逆選抜は元々保険市場で使われる用語であり、保険加入者が幅広い層に行き渡らずに特定の層(多くの場合、保険金支払いの確率が高い層)に偏ってしまう現象を指す。

医療保険を例にとると、保険会社としては健康や安全を心掛ける病気や事故と無縁の人物と契約するのが望ましい。しかし、ある人物が健康に気を配っているのか、それとも全く気にしていないのか判別することは困難である。そこである保険の条件を設定すると、その条件でも得をすると考えるもの(保険会社の想定よりも不健康な、危険な生活を送る人物)ばかりがその保険に加入し、より健康的な、安全な生活を送るものは損をすると考えるためその保険には加入しない

これによって保険会社はあたかも本来望まない条件の悪いものを選抜しているかのようになり、利益を得ることが出来なくなる。

現実には、保険会社はこのような逆選抜を避けるため契約者に医師の診断を求めたり、生活習慣などの情報を求めたり、あるいは保険契約の広告・募集方法を工夫するなどしている。』
(下線は管理者)

ってヤツ。でも「健康に注意してる」人が病気にならないか…と言えば、「そんな事は言えない」し、逆もまた真だよね。

だから、さすがの「保険屋さん」も「想定外」(想定確率の範囲外)の事が起こると,どうしょうも無い。だけど、またそこは「転んでも只では起きない」保険屋さん。金融業として、ガッチリ組み入れられてる(組み入れて貰っている?)から、想定外の事態になれば「政府」が「公的資金」(国民の税金ですよ)で救う事になる(近年では世界最大の保険会社、米国のAIGの公的資金による救済とかは、「破綻」しながら「役員」の「賞与」が巨額だったことで問題になったよね)。

少し、計算してみるけど、例えば、25歳で「生命保険」(保険金や特約で掛け金は大きく変わるけどね)に加入して、30年間掛けてきたとする(この頃になると「健康不安」も高まってくるでしょ)。その平均の月の掛け金が2万円だったとすると、720万円掛けて来た事になる。で、更に毎年の「掛け金」を「現在価値」に計算し直さなければならないけど(今は低金利だよね~)、それを本当にすると、掛け替え時期と、その時の実質利子率とか絡んでくるから、簡単には出ないけど(やろうと思えば、掛け替え時期と、その期間の掛け金、それとそれぞれの期間の実質利子率とかのデータが必要になる。で、それを現在価値に換算してはじめて「現在価値」での「総掛け金」が出る。興味がある方は、EXELでも使って計算してみて下さい。例えば30年前の1万円は10,000/(1-0.02)^30だから18,340円位の価値になる。高金利の時代ならもっと高い保険料を払ってた事になるね)。まぁ、1.8倍とは言わないけど、現在価値で言えば1,000万円位掛けてきてるんじゃないかな…厳密に知るには個別で「算出」してみないと解らないけどね。

なら「貰うときには、なかなか貰えない、色々な条件を言われる保険に入る」よりも、その分「定期預金」でもしてる方が良いような気がするよね。

だから、「生命保険」に入るなら「命に係わるリスクがある仕事に従事している人」だね(と言って、本当は誰でも「人間、一歩先は闇」だけど…)。但し、「そんな仕事」に従事してる人は「保険屋さん」がお断りだろうし、引き受けてくれたとしても「物凄く高い保険料」になるだろうね。

03/17のツイートまとめ

AraKouryuu

あ~あ、もう疲れたから星野道夫さんの本でも読んで、ゆっくりしようかな…星野さんの描く、大自然(とその大自然の中に生きる人たちや生き物たち)を読んでると元気が出る。そこには「癒し」があるね…本当は常に「生」と「死」と隣りあわせなんだけどね…何でかなぁ
03-17 08:13

SNA基準は国連が電子版(PDF)を無料でDL出来るようにしてるけど、93NSAは英文で838ページもある。最新版は2008年版で722ページもある。こんなの余程でないと読めないよね。で更に理解しないといけない。もうこれだけで一専門分野 http://t.co/HjrH4vFw
03-17 07:56

色んな国の「経済データ」を比較しようとすると本当に大変だね。国連が比較できるようにSNA基準を作ったからGDPの比較位は容易になったと思うけど「色んなデータ」比較をしようとすると、SNAがあっても各国それぞれ違う…勿論システムが違うからね…「有料データ・ベース屋さん」が居る訳だ。
03-17 07:38

03/15のツイートまとめ

AraKouryuu

Iknow you are very attractive. But, I don't want to talk about the kind of topics in this place . But why is it said from you?
03-15 11:41

ダラダラ経済…2009年、とうとう「公的部門正味資産」は赤字に…

今回は、一国(日本)の「民間資産」と「民間負債」、それから「公的部門資産」と「公的部門負債」を中心に、「総資産」と「正味資産」を眺めてみたい。データは例によって「内閣府」の「2009年度国民経済計算(2000年基準・93SNA) 」の「3. 付表」からのデータ

一国経済(日本) 資産・負債 部門別推移
  (出所)内閣府「2009年度国民経済計算(2000年基準・93SNA)」

いっぱい「グラフ線」があって解りにくいと思うけど、右側の「凡例」で確かめながら見てください。

基本的は「資産」+「負債」が「正味資産」。だから「負債」はグラフでは「正値」だけど、本当は「借金」だから「マイナス値」。で、「総資産」は「民間部門」と「公共部門」との「資産」を足したもの。で、じゃあ「総負債」ってのもあっても良いのだけど、それは「民間部門負債」と「公的部門負債」を足したものと「理解」して欲しい。それで、結局は「一国経済(日本)」の「全部の資産」と「全部の負債」を足した(実際は「資産」-「負債」だけど)モノが「正味資産 計」って言う線。

概ねの「流れ」としては、1989年までは「民間部門」も「公的部門」も順調に(?)「資産」も「負債」も増やし続けている。で、1990年の「量的規制」で「バブルが崩壊」してから流れが変わった。でも、じゃあ「バブルが崩壊」して、「一気に資産が減少(収縮)」したのかと言えば、「そんな事は無い」ことが解る。

「資産」と「負債」の急激な上昇が止まって、「停滞」してる(中でもまだ「総資産」は「上昇」したり「下降」したりしてる)のが解る。

ちょっと「不可思議」なのは、「公的資産」も「公的負債」も、1980年(多分それ以前から?)から1999年まで、「ほぼ一定のペースで上昇してる」こと。確かに「公的負債」は1990年から少し上昇率が上がってる。でもそれも緩やかに上昇して、それが1999年あたりまで続き、それから2005年まで「ほぼ横ばい」で、それから「下降」に転じている。

「公的資産」は1999年まで、「ほぼ一定のペースで上昇してる」けど、これも「公的負債」と同じく1999年から「横ばい」、むしろ「下降」傾向が見られる。そして2005年からは「はっきりと下降」して、2009年にとうとう「公的負債」が「公的資産」を上回って、「公的部門正味資産」はマイナス26兆4280億円になってしまった。

なんか、だらだらとグラフを見て、誰でも読み取れる事を書いてるだけ…だけど。

管理者が言いたいのは「公的部門」の資産が減少するのは、一概に悪いとは思わないけど、このグラフを見てると、どうも「納得し難い点がある」と言うこと。

「じゃぁ、早くそれを言えよ」

と言われそうだから言うけど、

一般論として、「景気が悪化した時には、民間部門の負債を公的部門に移転し、それによって景気回復を図る」そして、その経済政策によって「景気回復」した時点で「政府部門の負債を民間部門に、景気の様子を観ながら元にもどして、財政を正常化する」…と言うのが「基本セオリー」だと思うのだけど、このグラフを見てると、そう言う政策が取られてきたとは見えない…と言うこと。

確かに、あれから「金融緩和政策」や「ゼロ金利政策」まで取られたけど、で、確かに「政府負債」の上昇率は1990年から少し上がってるけど、2000年頃まで「ダラダラ続く公的部門の負債の上昇」は、これこそ「失われた10年」を表してるような気がする。

本来なら1990年代の早い時期に「大きな民間から公的部門への負債移転」が有るべきなのでは…と思うのだ。

確かに「公会計」は解りにくい部分があるし、管理者は「公共経済学」や「財政学」については、個人的に「数冊の専門書を読んだ」だけなので、これから学校で先生に正式に教えて貰うか、「この分野を知悉されている方」に、この場ででも御教授いただければ、非常に有り難いと思っている。

また「諸外国の、景気後退時から回復時のデータを、同じように収集して(グラフ化して)」みれば、理解が進むだろうけど…この(今回のグラフ化までのデータ処理の「労力」って大変なのよね…と言い訳する…だけど、本当に、結構このブログで管理者はデータ収集してグラフ化してるけど、本当はコレ、本当に大変なのよね…地味な作業だしね)「データ収集」「データ処理」「グラフ化」ってのが、本ブログで一番時間と労力がかかってるところなわけ(^^ゞ

後は、適当に…書いてるような…気がしないでもないなぁ…いや、一応「ちゃんと考えて(自分の知ってる範囲でだけどね)」書いております。

さて、いつも思うのは「どういう訳か、知りたい所のデータが無い!」(或いは非常に入手に苦労する)。今回も、1980年以前と2011年までの「データ」が欲しかったけど、「簡単に入手出来る」ところで作成してしまった。

それでも、結構(毎回だけど)「意外な事」(自分が思ってたのとは違ってた…と言う意味)が解る。

で、今回の「一番」は、「政府はなぜ、景気後退後、短期にもっと大胆に民間負債の公的部門への移転を行わなかったのか?」と言うこと。だってそれ以降「ダラダラと経済政策」をするもんだから「景気回復」に結びつかないから、「民間負債」は横ばいか、むしろ増えてる。

しかし、「景気が悪い」「景気が悪い」と言いながら、2009年時点で「民間部門」と「公的部門」を合わせた「一国経済」としての「正味資産」は「バブル前期」の1988年に近い2,712兆3,780億円もあるのだね。但し、これには「非金融資産」も含んでの話だけど…。

兎に角、「一国経済」としての「日本の正味資産」は、徐々に「食いつぶして行ってる」と言うことか。「失われた20年」の「ダラダラグラフ」かな。少しずつ「体力を消耗」してる。特に「公的部門」。これじゃぁ、そりゃぁ「民間部門資産」の「公共部門」への転移を画策したくなるよね。でも、民間部門も「ヨタヨタ」だからね~

それやると、「大きなリセッション」のトリガーを引く事になる…かも知れない(「確率は高い」と思う)。

03/11のツイートまとめ

AraKouryuu

どこの民族にも「ソウル・フード」ってあるよね。アメリカ人のソウル・フードは「ホット・ドック」らしいけど…。日本人はやっぱり「白いご飯」と「お味噌汁」だろうなぁ。「ソウル・フード」にはただの食べ物以上の意味(価値?)があるよね。文字通り「心の食べ物」…心が“ホッ”として元気が出る。
03-11 23:43

じゃぁ「金」って安全資産? いやいや「この世に安全資産なんて…」

さて、こういう時代(グローバル化した世界同時不況状況)になると、ひとびとは、

「何が安全な資産なの?」

って切実に思うみたい(「みたい」と言うのは、わたしのように「資産」などと言える程のモノを持って居ない人間にとっては、もっと低いレベルの話で「どうしたら、食べていけるの」って話になってしまうから…)。

昔から、良く言われるのは「資産を分けて持ちましょう」ってこと。

つまり「財産は土地、株、現金に分けて持て」とか、その中身が「金」や「骨董」や「絵画」「外貨」になったりするヤツ。

でも、基本的に「安全資産」なんて(特に、お金持ちのひとびとが求めるような、絶対的な「安全資産」なんて特に)ない…だろう。

もしも、そのような「絶対的な安全資産」があれば、(ここは「経済学」的に言えば)「ひとびとは、その絶対的な安全資産で、資産を持とうとするから、その資産の価値は上がり、その資産で持とうと思わないレベルまで資産価値が上昇するだろう」と言う事になる…かな!? 一面的な見方だけどね。要は、今みたいに「リスク」が高いとひとびとが思うような時代には「安全資産」が求められる。その結果、ひとびとが「安全資産」と思った(勘違い?)資産に資金が流れ込んで行く…かも知れない(バブルになる? 後はパンク…)。でも、景気が良くて、ひとびとが「強気」になった時は、ひとびとは「リスク」を負っても「リターン」の高い商品に手を付けるだろう(そもそも「リスク」が高いから「リターン」が大きいのだ。ポートフォリオを組んでリスク・ヘッジして高い収益を得ようと言うのは無理な話だろう。そんな「オイシイ話」は短期的には成立するかも知れないけど、長期的に成立させようとすれば、そこには「情報の非対称性」がある場合だけだろう)…と、「この問題」を考えると、本当に色々と考えられるけど、最終的には「経済は予測不可能」って事になる…と言うのが管理者の考え。

歴史的にみれば、「強制通用力」のあるはずの「法貨」だって「絶対」でないことは直ぐに解る(大体、「デフォルト」したら「強制通用力」って言ったって、通用しないでしょう。戦中・戦後の「バーター取引経済」や「闇経済」なんて最近の事例ですよね)。日本は、昔は「米」が通貨の役割を果たしてた(大名の藩経済が「石高」で表されてたのはそのため…だろう)。面白いのは、日本では「米」から「貨幣」経済になった後、また「米」が貨幣の役割を果たす事になった事があること。日本の「米」文化は「奥が深い」のだ。

さて、今回は「金」を取り上げてみたい。最近の高騰で「金」は資産として注目されてるから。

「金は安全資産か?」

結論から言えば、当然「安全資産」では無い。ただ、「金」を現物で持っていれば、例えば「円」が「紙屑同然」になったとしても、「一定の価値」は有る。だから、「それでお金儲け(投資・投機)しよう」と思わないなら、ある程度の「安全性」はある。

ここに「良いレポート」がある。それは『All About」と言うサイトで、村岡里香さんが書かれている下記の記事。
『金が高値更新!でも本当に「安全資産」なの?』

■ 不安定な時代に金が買われる
 2000年から値上がり基調にある金が、史上最高値を更新して話題になっています。
金は昔から「有事の金買い」と言われ、戦争や金融不安など、世の中が不安定な状態になると安全資産として買われてきました。現在はというと世界経済の先行き不透明感やドルやユーロなど主要通貨にたいする不安感が高まっている状況。各国の金融緩和政策によって大量にあふれたお金の一部が金へと流れ込んでいます。

また、リーマンショック以降、他の資産の値下がりをしり目に値上がりし続けたことで、金の他の資産との相関性のなさが大きくクローズアップされることになりました。株や債券の運用に加え金をポートフォリオに組み入れる動きが広がり、年金基金などの機関投資家や新興国の中央銀行も金の保有を増やしてきています。

■ 金は本当に安全?
 でも、金への投資自体が「安全」か?といえばそういうわけではありません。実際、1980年から2000年にかけて金は20年間にわたり安くなりつづけ、高値から3分の1以下(国内価格では円高も影響して6分の1以下)にまでなってしまいました。預金に金利がつき、株や債券への投資にも妙味がある時代には、実物資産の金は必要とされなかったのです。

 つまり金には、今のように「世界共通の通貨」として脚光をあびる時代もあれば、その存在が色あせて他の金属と同じように「モノ」としての価値にとどまる時代もあるということ。将来、世界経済が回復軌道に乗り、ドルも堅調な動きとなれば金を持つことの重要性が薄れ、価格が大きく下がる可能性があることには注意が必要です。

■ 金の本当に安全な値段とは
 そもそも金がなぜ安全かといえば、株や債券、通貨といったペーパー資産と違い、「モノ」なので価値がゼロにならないからです。

金を採掘、精製するには人件費を含め必ずコストがかかります。つまり金の価格が生産コストを大きく割れることは考えにくく、このラインが大きな下支えとなります。

事実、1999年から2000年にかけて金が最安値圏で低迷していたときも、生産コスト250ドルに近づくにつれ多くの鉱山会社が閉鎖して供給が細り、それ以上値段が崩れることはありませんでした。

現在の金の生産コストは?というと、ここ数年で大きく切り上がり、世界平均で1トロイオンスあたり約720ドル(GFMS「Gold Survey 2010」)。1トロイオンスは31.104グラムなので現在の為替相場1ドル=82円で計算すると国内価格で1,898円(=720ドル÷31.104グラム×82円)という値段が出てきます。現在は約倍の価格で推移しており、それだけ需要が価格を押し上げているというわけです。

■ 「この水準まで下がっても大丈夫」と思える投資法で
 金の需要には宝飾品や工業用途といった加工のための需要と、投資による需要の2種類があります。現在盛り上がっているのは、投資需要のほう。よって投資人気に陰りが出れば、生産コストラインに近づくような極端な値下がりはないにしろ、大きな調整は入りやすいということです。長期保有の目的で投資するなら、できるだけそういう調整安の場面で買いたいものです。

もちろん、「押し目待ちに押し目なし」という言葉があるように、安い値段を待っている間にもどんどん値上がりしてしまう可能性もあります。また、あくまで分散投資の目的で保有するのなら値位置にはこだわらなくてもいいという考えもあるでしょう。

いずれにしても金への投資は「最悪この水準まで下がっても大丈夫」と思えるなら買ってもいいのでは。投資する際は純金積立やETFを毎月少額ずつ購入するといった方法で時間分散をこころがけ、資産全体の5~10%の範囲内で上手に組み入れるようにしたいですね
(2010年10月12日)


※下線は管理者

この記事で「面白いな」と思ったのは、金の価値の基準を表すのに、

『金を採掘、精製するには人件費を含め必ずコストがかかります』

『現在の金の生産コストは?というと、ここ数年で大きく切り上がり、世界平均で1トロイオンスあたり約720ドル(GFMS「Gold Survey 2010」)。1トロイオンスは31.104グラムなので現在の為替相場1ドル=82円で計算すると国内価格で1,898円(=720ドル÷31.104グラム×82円)という値段が出てきます』

ってところ。これって、アダム・スミスやカール・マルクスの「労働価値説」だよな~って…

アダム・スミス
  アダム・スミス
カール・マルクス
  カール・マルクス

「労働価値説」とは「人間の労働が価値を生み、労働が商品の価値を決めるという理論」なんだけど、中央公論社の中公文庫の『国富論』の注釈で、

『「国富論」が出現するまでは、富は、もっぱら、金銀や「財宝」のかたちで、とらえられていた。スミスは、このような古い富の理解の仕方を大きく転換させ、人間の日常生活にとっての必需品と便益品こそが国民の富であること、そしてそれらは年々生産され年々消費されるものであるから、富こそは、国民の「年々の労働」によってつくられなければならないものであることをはじめて明らかにした。ここに「国民の富」という近代的概念が確立したのである。』

って言う、言わば「近・現代経済学」の基礎的な考えが記述されてる…ってところ。

でも、管理者は「少々ヘソ曲り」だから、

「でも、金・銀って、1776年に『国富論』が出版される以前から、世界中で(つまり『国富論』なんて知らない世界でも)「富」や「通貨」として通用して来たのではないの」とか思ったりもする(しかし、それも「労働価値の交換手段として使われてたのだろうか…)。

例えば日本でも「慶長6年(1601年)より発行された慶長小判は一両としての額面の計数貨幣」として流通してたんじゃないの? しかも「慶長14年(1609年)に幕府は三貨の御定相場として金一両=銀五十匁=永一貫文=鐚四貫文と定めたが、これは目安とされ実態は変動相場制で市場に委ね、相場が行き過ぎた場合は幕府が介入するというものであった」と言うではないの…とかね(この頃の貨幣基準って「金を採掘、精製する人件費を含んだコスト」だったのだろうか…と言う疑問)。でも、多分この頃って、通貨と「米」の混合経済だったのでは…とかも思うけどね。

慶長小判
    慶長小判

しかし「経済学」で最頻出(?)のGDP(かつてはGNPだった時代もあった)って、スミスの定義に基づいていて、それで「一国経済」を計っているのも確か。

特に「ソ連崩壊」後、否定状態(?)の「マルクス経済学」は完全に「労働価値説」だけど、それなら「マルクス経済学」も見直さなければね…とか考える(やっぱり、カール・ポランニーとかに出てきて貰わなきゃね…と考えたりもする)。

そもそも「資産」や「価値」を哲学して行くと、それだけでも「行き着かないんじゃないの?」とか思ってしまう。

さて、ここで近年(約40年間の長期)の「金価格の推移データ」をグラフにして見てみよう。元データは「田中貴金属工業」のデータを使わせて頂いた。

金価格推移(長期)
               金価格の推移グラフ(長期)

ちなみに、「田中貴金属工業」のデータ(単位:円)もあったのだけど、ここは「ロンドン市場」のデータを使わせていただいた。だから単位は「米ドル/トロイオンス」ね。トロイオンスは「1トロイオンス = 正確に 31.103 4768グラム」(wiki)。それと、米ドルは為替相場が変動してるから、それを計算すると、「少し違ったグラフ」になると思うけど、概ね金価格は「こういう変動をしてる」と一応の理解はできると思う。

なるほど1980年辺りに一度「ピーク」があった後、金価格は「安定」かむしろ「低下」してるのが解る。2001年辺りを底にして、徐々に「上昇」し、2005年辺りから「上昇」が徐々に急激になっている。一度、2007年から2008年にかけて「価格低下」してるけど、そこからまた「急激に上昇」。2010年辺りから「高値でもみ合っている」のが解る。

その間に小さな「ピーク」が1982年、1988年辺りにあったことも見て取れる。

後は「どう解釈するか」だけど…いろんなエコノミストや評論家が、これまたいろんな事を言うのだろうなぁ…とか思う。

1980年の出来事って、国際的に目立つのは「第21回オリンピック【開催地】モスクワ(ソ連)、【期間】7月19日~8月12日 ソ連のアルガニスタン侵攻に抗議して日本、アメリカ、西ドイツなど、IOC加盟148カ国中67カ国が不参加」くらいかなぁ。この時、ちょっと「米ソ間で緊張状態」があったかも知れない。いや、むしろ急激に上がり始めた前年1979年の出来事を見るべきかも…「アメリカのスリーマイル島原子力発電所で放射能漏れ事故」ってのがあるし「ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻」ってのもある…。

1982年は「フォークランド紛争( 4月2日、アルゼンチンのフォークランド諸島侵攻に対して、イギリスが宣戦布告。領有をめぐる英国とアルゼンチンの2ヵ月半に及ぶ戦争は、1982年(昭和57年)6月14日、アルゼンチンが実質的に“降伏”の形で停戦が成立した。 フォークランド諸島(アルゼンチン名でマルビナス諸島)は南米大陸ホーン岬の北東770キロにあり、東、西島を中心に約200の島から成る。 1833年以来、英国が実効支配していたが、アルゼンチンは1816年のスペインからの独立時に領有権を継承したと主張し対立していた。)」かな。

1988年、は「イラン・イラク戦争( 7月3日、米艦がペルシャ湾で、イラン旅客着を撃墜、290人全員死亡。7月18日、イラン、対イラク戦争の即時停戦を求めた国連決議受け入れを発表)」かな。後は「米ソ首脳会談、14年ぶりのモスクワ開催」と「米大統領選でブッシュ当選」位。

意外にも、日本のバブル期(1980年代終盤から1990年代初期まで)は、むしろ「金価格は低下傾向」にある。だから「バブル紳士」たちは「金」には魅力を感じなかった…のかも知れない。「土地バブル」だったからなぁ。

しかし「金価格」が急激に上昇し始めた2005年辺りには「何があったのだろう?」

この年は色々とある。

「北朝鮮が6者協議参加の無期限中断と核兵器の製造・保有を公式に宣言」「京都議定書が発効」「スマトラ島沖地震が再び発生。死者1,000人以上」「ロンドンで、地下鉄3ヶ所とバス1台で爆破事件が発生。死者56人、負傷者は約700人以上。 アルカイダの仕業であると発表されたが、関与は認められなかった」「ハリケーン「カトリーナ」がフロリダ州に上陸」「イラク・アフガニスタン侵攻について、ブッシュ大統領は、大量破壊兵器に関する機密情報は間違いで、開戦の責任について自分にあることを認めた」等々。

どうも、「戦時のドル」と言われてたけど「戦時のゴールド」もあてはまるような気がする。

今の高値は「世界同時不況」や「行き場を失った巨額の投資(投機?)マネーが金に向かっている」のかも知れない。

03/10のツイートまとめ

AraKouryuu

わたしは大学院の演習発表のレジュメで、失礼な事に齊藤先生の御著書の(出所)の所を「斉藤」と書いて、教授から早速の指摘をされてしまいました。失礼いたしました RT@makotosaito_v2 「斉」は「斎」の略字でありません。【赤字のお仕事】本当は別人だけど… - MSN産経…
03-10 20:43

基本的に「西洋哲学は存在(性)」を「東洋哲学は非存在(性)」を哲学してきたと言う「認識」をしてる。でも日本人の「哲学」の根っこが「神道」にあるのなら、日本人は「形(式)を追ってきた」(それは「哲学」でさえ無いのかも知れないケド)…こう言う「認識」で良いのでしょうか?専門の先生方?
03-10 20:35

かつて有名な作家のカミュと、こちらも有名な哲学者のサルトルの「論争」があった。二人とも実存主義哲学に属する。カミュは「反抗」をサルトルは「革命」を主張した(実は哲学的な深い意味は、わたしには解らない)。その頃カミュを読み漁ってたわたしは「反抗」派だった。それで未だ反抗期オヤジ!?
03-10 20:27

なんか、時々、タイムラインに乗って来ないツイートがある…これって何!? サーバが処理しきれてない?
03-10 04:37

お釈迦様も仰ってる通り「人生において、一番大切な事は良い人との出会い」ですね。良い人との出会いは人生を良くするし、悪い人との出会いは(上手く行ってた人生も)破壊する。それは親兄弟も含みます…これは選べませんが…。だから「悪い人と付き合う位なら独りで生きなさい」と言われるのですね。
03-10 04:32

03/09のツイートまとめ

AraKouryuu

まぁ、そんな「彼ら」をマネジメントする才能って、これもまた凄いとは思う。喩が悪いかもしれないけど「キリスト教徒とイスラム教徒とユダヤ教徒とヒンドゥー教徒を同時にマネジメントする」くらいの難しさがあるのかも知れないけど。この時「常識」って通用しないだろうなぁ…ちょっと言い過ぎかな…
03-09 05:21

大体「平凡な天才」とか「平凡な秀才(は有るかもしれないけど、その境界は明確に区切られる訳ではないですよね)」って事自体が「矛盾」してると思う。要は「そんな彼らを理解し、使える」と言う別の種類の才能(マネジメントの才能)が有る人が居るかいないかではないかなぁ…と思うのだけど。
03-09 05:11

一人の人間に「高度な特殊性」と「広範囲の一般性」を望むのは、かなり難しい…と思う。確かに「上には上がある」し「凄い人(天才)」も居ないことは無いとは思うけど、彼らも「紙一重」の訳で、一般から飛び抜けてると言う事は、一般の基準から言えばある種の「人格障害」と思われる…かも知れない。
03-09 05:03

「研究者(博士とか)は、視野が狭い」とか言う「批判」があるけど、それは「高度に特殊化した分野の学習・研究」をするのだから、必然的に生じること。反対に「でないと、学会では通用しない」のだから。確かに「専門馬鹿」と言われるような側面は生じる訳だけど、それが悪いのなら制度改革が必要。
03-09 04:55

03/07のツイートまとめ

AraKouryuu

うわっ、結局「春休み期間」、やろうと思ってた「経済学基礎」のお勉強が殆ど出来てない!! なんか「関心」が「別分野」や経済学でも「古典」や「経済人類学」とかに…こりゃあM2が思いやられるなぁ
03-07 23:18

日本の戦後の「国内デフォルト」をデータで確認してみる…成る程、確かに…

日本がデフォルトした期間、つまりは1946~52年(昭和21年~27年)ですが、実際には日本民俗経済学会の平成19年6月9日の「出前講座」の言うような、

「不動産が暴騰します。一年間で不動産が倍になるのは当たり前だ、という意識が植え付けられていました。…それから預金封鎖です」

と言うような「経済動向」があったのか、事実関係を見てみたい。

まず、解り易い「貯金封鎖」ですが、

前々回の表の★1の解説を見ると、

『日本では1946年2月に、旧円⇒新円への切り替えと、預金封鎖が行われた。預金の引き出しは、一ヶ月に世帯主300円、その他家族は100円に制限された。終戦と同時に、戦時中に発行された国債の償還、終戦に伴う兵士達への恩給などを賄う為、大量に紙幣増発をした為に起きた超高インフレ対策として行われた』

と書かれています。日本は「新円切り替え」と同時に「貯金封鎖」を行った訳です。そして、その「支払」は「国内の債権者」に対して行われたので、分類上は「国内債務」つまり「国内デフォルト」となっています。

さて、ここで少々引っかかるのは、『戦時中の発行された国債』を誰が持ってたのか? と言う点です。

日本は「戦後賠償を放棄して貰った」と言う「通説」がありますが、外務省のHPデータによれば、実際には、賠償だけで、

フィリピン (賠償協定:1956年7月発効)  5億5,000万ドル(1,980億円)
ベトナム  (賠償協定:1960年1月発効)    3,900万ドル(140億4,000万円)
ビルマ   (賠償・経済協力協定:1955年4月発効)  2億ドル(720億円)
インドネシア(賠償協定:1958年4月発効)   2億2,308万ドル(803億880万円)

の計10億1,208万ドル(3,643億4,880万円)の賠償金を払ってますし、『賠償並びに戦後処理の一環としてなされた経済協力及び支払い等』の合計金額は、

264億2,864万8,268ドル(1兆3,525億2,789万8,145円)にも上ります。

しかし、『戦後賠償』は早いもので1955年のビルマ2億ドル(720億円)ですから、「戦後処理のための支出」はかなり経ってから…と言う事になります。

ところで、『戦前債務』は幾らくらいあったのかと言うと、同資料によれば、

イギリス(請求権解決に関する取極:1960年10月発効)50万ポンド( 5億400万円)
カナダ(請求権解決に関する取極:1961年9月発効) 1万7,500ドル( 630万円)
インド(請求権解決に関する取極:1963年12月発効) 2万5,000ドル( 900万円)
ギリシャ(請求権解決に関する取極:1966年9月発効)16万1,763ドル( 5,823万4,680円)
アルゼンチン(請求権解決に関する取極:1,977年6月発効) 27万ドル( 9,720万円)

の計187万4,263ドル( 6億7,473万4,680円)と言う事ですから、賠償額と比較すれば「微々たるもの」だと思います。ただ、連合国側であったイギリスから50万ポンド( 5億400万円)も借りてたのは驚きと言えば驚きですが、「何時からの債務」なのか解らないので、この点は保留…でしょうか。英国とは「日露戦争」の時に「日英同盟」を結んでいたのですから、その流れで「債務」があったのかも知れませんから…。

実際、知りたいのは日本の第二次世界大戦(太平洋戦争)の時に積み上げた「戦時債務」なのですが、日銀のデータでは1982年以降のデータしか公開されていないし、これがなかなか把握出来ない。

政府や日銀は(戦前・戦中・戦後のドタバタの時代ですから、どの程度信頼性のあるデータなのかは解りませんが)恐らくデータを持っていると思うのですが、公開されていません。財務省のデータ(これは「一般会計予算」なので、これから直接「戦時債務」が解る訳ではありません)も、昭和24年(西暦1949年)以降分しか見当たりません。

つまりは戦前・戦中・戦後2年間のデータは、「国会図書館」にでも行って調べるか、どこかの「有料データー・ベース」(有るか無いかも解らないですけどね)でも探して検索するか、「研究者の論文」を探して来て引用させて頂くか…しかないのかも知れません。

実際、該当する論文は見つけたのですけど、そこでは「政府債務の保有状況(GDP比)」のグラフが掲載されています(「知的資産創造」2005年7月号の富田俊基氏の『1930年台における日本国債の日本銀行引き受け』野村総研 P.25のグラフ)。

1911年から2001年までのグラフで、1946年はデータ自体が無い(終戦時で、予算自体も組めなかったのだと思います)。このグラフで言うと、「政府債務」の海外分は「終戦にむかって急激な増加」をしめしています。但し、1923年~1940年の「海外」分は、「藤野正三郎ほかの推計による」となっています。つまりは「何らかのデータ」を元にして、統計手法で許容確率の範囲の数字を上げているわけですね。で、このデータでは、「海外」と言っても「どこの国」かまでは解りません。元の推計データなら(場合によればですが)そこまで解るかも知れませんが…。

それと、このデータでは「政府債務」は「国債」「特別会計借入金」「政府短期証券」を含む…と注意書きされています。このグラフは「累積グラフ」ですし、1940年まであった「その他」と言う項目が無くなっていますから、最終段階(1944年)の「政府債務」の「海外」分のGDP比率が良く解りません。「その他」が同様のトレンドで増加していたら、「海外」は僅か(数%)ですし、「その他」が無くなったのであれば、50%近く?にもなりそうです…が、まずそれは考えにくいので、日本の「終戦時」における「戦中の債務」の「海外」分は、ほんの僅か…と考えて良いのではないでしょうか。だから、この時のデフォルトは「国内デフォルト」と言って良いでしょう。

但し、『賠償並びに戦後処理の一環としてなされた経済協力及び支払い等』を考えると、後年、長年にわたって「日本の富」は海外に流れ続けた…訳ですね。その総額は、最初の「外務省のHPデータ」によれば、総額264億2,864万8,268ドル(1兆3,525億2,789万8,145円)にも及びます。なおこの金額は、その時々の「価値」ですから、「現在価値」に計算し直してみなければ、実質の支払額は解らないですね。

例えば、「消費者物価指数による換算」を行った場合、昭和25年の1,000円は平成19年の7,700円に相当します。だから、概ね8倍位と考えれば、戦後賠償額3,643億4,880万円の「割引現在価値」は2兆9,147億9,040万円で、約3兆円ですね。

ところで、1946年(昭和21年)の日本のGDPは、11,492,000,000ドル。当時は固定相場1ドル=360円だったから、4兆1,371億2,000万円。でこれも「現在価値」に直せば(ここもアバウトで約8倍とする)と33兆969億6,000万円てところか(現在のGDPが概ね490兆円だから約15分の1程度だった)。

さて「戦後補償」は抱えているものの、戦後のデフォルトは「国内デフォルト」であったことが解る。で、ここから「本当に知りたい事」は「その時、物価はどうなったか?」「特に土地価格は本当に暴騰したのか?」ってこと。

データの収集にかなり苦労したけど、グラフにしてみると下図のようになる。

日本のGDP推移と物価、土地価格推移

データは「GDP」がまたまた、『国家は破綻する』(日経PB社 刊)の著者である、カーメン・ラインハート女史のデータ・ベースから(だから、単位は百万ドルね)。本当はCPIを見たかったのだけど、当時はまだCPIが使われて居なかったのか、「東京小売り物価」で、これは内閣府のレポートのデータ。そして「地価変動率」は国土庁の「土地白書」から(実は、この数値は、同白書のグラフから読み取った数字…どうしても元になる数値データが得られなかったので…やっぱり数値データを得ようと思ったら、有料になるみたい、で、何故か「この期間のデータ値」は手軽に入るような所には無かった…管理者苦肉の策とご容赦をお願いします…でも読める限り正確に読み込んだので、ほぼ誤差の範囲で正確だと思う)。

ところで、上図の黄色に塗ったところが「デフォルト期間」。

GDPはその前の年に急激に低下。そしてデフォルト期間に入って「急激な地価の高騰」(最大約170%だから、前々回の「日本民俗経済学会」の「不動産が暴騰します。一年間で不動産が倍になる」と言うのはこの場合も当てはまっています。ただ、日本の場合、最大値を示した年って「農地改革」が実施されています。例の、地主から土地をタダ同然で取り上げて、小作人に安く売り渡した…と言う、GHQの政策ですね。これが「どのように作用」したのか…タダ同然で取り上げて、小作人に安く売り渡したのなら、土地価格は下がるような気もしますが、どのような「手法」で実施されたのか解らないし、また、田園部は土地価格が安くなったけど、都市部が高騰し、トータルで「地価高騰」になったのか、までは解らないです)。

そして、また同時に「物価上昇」ですね。CPIではなく「東京小売り物価指数」なので、どこまで「正確に物価状況を反映」しているのか解りませんが、この指標では、300%くらいの高いインフレがあった…と言うことですね(と言うか、円の価値が1/3程度になったと言う事ですね)。まぁ、何千%みたいな「ハイパー・インフレ」ではなかったのですけど、恐らくは失業率も高かっただろうし、都市部の人の方が「食糧自給」も出来なかったでしょうから「苦しい生活」を余儀なくされたのではないでしょうか。この辺りの事情も、前々回の「日本民俗経済学会」のレポートと同じ状況ですね。

やはり、「国内デフォルト」でも、地価は上昇し、高いインフレが起こる…と言う事が、日本の敗戦による「国内デフォルト」でも確認された…と言えるのではないかと思います。

しかし、まだ「戦争を起因とするデフォルト」と「財政悪化によるデフォルト」に、何らかの違いがあるのか(或いは、無いのか)は気になるところではありますね。

03/05のツイートまとめ

AraKouryuu

昔からレゲエの人を見ると、何故か「師匠!」みたいな感覚があった。彼らの現実の生活が如何なるものかは知る由もないのだが…非常に苛酷だろうと思う、反面、彼らの中に「束縛から離れた自由人」の影のようなモノを想像してしまうからだろう。しかし本当の自由人が、彼らの中に居るのかは解らない…
03-05 23:54

私的な話…過ぎたるは及ばざるが如し

これは自慢でも何でもない、むしろ「こっぱずかしい」、自分がやってきたある行為を振り返ってみるのだけど…と言うか、確かに最初は「自慢」の部分もあった事は確かだけど…それは、文字通り「万巻の書物をひも解いた」(現在進行形)ってこと。

最初、中学生の頃、100冊位読んだ頃、安物の本棚を買って貰った。その本棚に100冊を埋めると、本棚は半分以上埋まってしまった。その頃は、自分が読んだ100冊の本を眺めて「満足感」を覚えたりしていた…確かに。それに母親も褒めてくれてた。

しかし、何事も「過ぎたるは及ばざるがごとし」だ。

少年の頃の「アウトドア派」(所謂「野生児」に近かっただろう…家に居る事は殆ど無かった。いつも「野を懸け、山を廻」ってた)は、いつの間にか「インドア派」になってた。趣味は「読書」がメインだけど(後「絵画」、「科学工作」、「プラモ」…これは幼稚園~小学校までかな…と言うことは「野生児一辺倒」でも無い面もあったのか…)、あらゆる分野に興味を持った。そしてあらゆる分野に手を広げていった。

「漫画」は当然、「精神世界」「オカルト」、「サブカル」まで手を伸ばしてた。
(この頃は、「文章で食べていければなぁ」とか考えては居た)

一冊の書籍を読むと、その関連の本や、その書籍を読んだ事で「生まれた疑問」を解くために、更に多くの書籍を読んだ。もう「ネズミ算的」に発散していった。

確かに「知る楽しみ」の部分もあったけど、「知識を得る事で、人様のお役に立てるようになる」と言う思いもあった。

働き始めてからは、「貯金」もせずに書籍を買いあさり読みまくった。もちろん、この頃は他のモノにも浪費してたけど…。多い月は7~8万円も書籍を買い込んだりしてた(笑)

兎に角、わたしの本は増えに増え続け、1000冊、2000冊、…そして10000冊の大台に乗ってた。もうカウント出来ないような状況になった。

我が家の本棚は増えたが、それでは納まり切らず、倉庫を買った。その倉庫も書籍で埋め尽くされた。

100冊くらいの時は、褒めてくれてた母親(多分、父親も)も、こういう「状況」になると、文句が出始めた。

まぁ、当然である。家が本の重みに「きしり始めた」のだから…。
(これが本当の「家庭崩壊」なんて…。でも実際、後年の「阪神淡路大震災」の時、母親がかなり整理して「小さい方の倉庫」に入れてたらしいけど、それでも書籍の重量によるダメージはかなりあったみたいorz)

毎日のように、

「本をどうにかしろ(処分しろ…と言う意味)」

と言われ続けた。それで、ダンボール箱に入れて、倉庫に放り込むのだが、その倉庫もやがて「満員」に…。

恐らく千万単位のお金を使ってた(と言うか、今もこの「病気」は治っていない)。これも「批判」の対象になった。

本は(部分的に?)楽しみから「苦痛の種」「悩みの種」になった。しかも「読書家」の悪い癖(わたしだけ?)で、読んだ本は「置いておきたい」。「売り払う」とか「捨てる」とか言う発想にはどうしてもならない。

一回、「処分」(不本意ながら…親の命令で)で、「ちゃんと査定させて頂きます」と言う「古本屋」さんに来て貰って、3000冊位売却処分した(させられた)。「本の値打ちから言えば、買った価格は3百万円程度だろう。で、「絶版本」とか価値の高い本もあるから、最低でも30万位にはなるだろう…と思ってた。ところが、「これも10円」「あれも10円」(中に少し値段が付いた書籍もあった)。中には「これは値が付きませんけど、置いとかれますか、それとも処分しておきましょか?」とか…で、結局4~5万円位にしかならなかった…これがまた「親父」の機嫌を悪くすることになった…当然、本屋さんに対してではなく、わたしに対してである…。

しかし、確かに、それだけの「投資」をし、「時間」も使ったので、「知識」(無駄なモノも含めて)は増え、いろいろと「困った事ができると」人様から相談されたりした。

そして、この「問題行動」は結婚後も続いた…のであった(現在進行形)。

と言うか、「パソコン」なるものの登場によって「加速」さえした(わたしのパソコン歴はパソコン初期、「パソコン通信」の時代に遡る。あの頃は、今では考えられないようなロー・スペックのPCが、デスクトップ本体;これにはディスプレーはもちろん、フロッピー・ドライブさえも付いてなかった。その時代に、本体と高解像度のディスプレーとフロッピー・ドライブを買いそろえると100万円かかった…だから、さすがのわたしも本体と、中解像度のディスプレーとデータ・レコーダーで我慢した…これで40~50万位だった)。「パソコン通信」は今もある老舗の“S○―N○t”。この頃、文字だけのデータだった(画像、まして動画なんてとんでもない)。その「文字データ」でさえ通信速度が遅い上に、途中で良く停止した。それに当時はそんな「パソコン通信」が接続1分100円とかした。だから、毎日少ししか繋いでいないのに、プロバイダの請求は10000円位。それに電話代金(そう当時は電話回線そのものだった。だから、モデムから「ピー、ヒョロヒョロ」と言う音が聞こえてた)が別途で必要だった。

そして、これも「他人様に頼まれる」と、なかなか普通では入手できない情報を探してきて無償で教えてあげた。

さて、全てがこの調子である(現在も)。

家でも、外でも「必要な時は頼られる」…まぁ、まだ「他人さんは感謝はしてくれる」…けど…つまり「困った事」が起きると「お父さん!!」と言う訳だ。で、それ以外は「あの本とかどうにかしてよ!!」と言う「お怒り」の言葉が…。

そうそう、結婚後、今度は「巨大倉庫」を買ったけど、今は「もう何も入らんよ」状態(^^ゞ
(この「巨大倉庫」がまた嫁の「苦情」の対象である…)

皆の気持ちは解らないではない…と言うか「凄く良く解る」けど、自分にすれば「困り事に対処出来るのは」これだけ「自己投資してきたからだろ!」。その「遺産」を「邪魔」って言う事は、「普段は、オレは邪魔なのか!」とか捻くれて、

「オレはドラえもんか!!」

と、独り言ちたりする。

ホント、「物事の対応力」って、これらの「書籍」&当然「実践」の中(相互作用)で培われて来てるのだけど、「そんな事は関係無い」のでしょうね。普段は「肩身の狭い」思いを隠しているのですよ(実は自分でも「この本どうにかしないとなぁ」とは重々考えている…だから、「事務所」でも持って「コンサル」でもしようかなぁ…なんて思うけど、「有料」になったら「お客さん」来ないだろうな~ とか思う)。

しかし、振り返って見て、

「文字通り、万巻の書物を紐解いてみて解った事ってなんだろ?」

と自問してみると、若輩の頃は、何となく「何かが解った」積りでいたけど、

「結局、自分が何も知らない」

と言う事が解っただけ。人間の「認識力」や「思考力」や「想像力」や「知識」なんて本当に「広大な砂漠の砂の一粒」に過ぎない(それに「すぐに忘れる」しね)。

しかし、それでも「営々と知識を求めるのは人間の性なのかも知れない」ね。だから、自分も含めて人間は「もっと謙虚に生きるべき」だと思う。どれだけ「知識」を詰め込んだところで、高が知れてるし、それで「やすらぎ」を得る訳でもない。

もしも、得る所のものがあるとすれば、それは「謙虚」になると言う事だと思う。
(自分はまだ「その域」にまで達していませんけどね…)

03/03のツイートまとめ

AraKouryuu

星野道夫さんの『旅をする木』を読んでる。大自然の中の無力な人間の精一杯の営みが伝わってくる。人間、本来は自然を支配できる訳もなく、自然に寄り添って生を営んで行かなければならない、そのためには人間同士も寄り添って生きて行かなければならない。星野さんの自然と人間を観る目は暖かい(涙)
03-03 01:52

例の話題、現在進行形ねのかな?GREEのソーシャルゲム「探検ドリランド」で手に入れる事が出来る「カード」。わたしはやってないので、どんなモノか良くわからないけど…。弱いカードは「ガチャ」で直ぐに手に入るけど、「スーパーレア」になるとヤフオクで5万円とか…これぞカード・バブルだね
03-03 01:07

03/02のツイートまとめ

AraKouryuu

今頃、中野剛志氏の『TPP亡国論』を読ませて頂いた。「うんうん成る程」と思う。でも、景気回復に「公共事業」をドンドン(一時的に)やれば良い。と言うのは、やっぱり官僚出身だなぁ…と思ってしまう。かつてはルール無き「特会事業」が財政を悪化させたのでは…とか…どうしても先入観が入るなぁ
03-02 20:38

03/01のツイートまとめ

AraKouryuu

ブログ更新しました。日付は2月末日⇒http://t.co/ij0dtfkD
03-01 02:18

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Yasutomo-Araki

Author:Yasutomo-Araki
現代の閉塞感のある世界がもう少しだけ住みやすくなれば良いなぁ、などと考えております。今の状況の延長線を自分たちの子供たちや孫たちへバトンを渡すのは余りにも無責任だと思っています。大学は工学系卒。国立K大学の経済学研究科大学院修士。博士課程考慮中…。この国の未来への良きシナリオを描きたいと思いトボトボと歩いてるって感じです。ただ最近は、当方の怠慢のせいでtwitterまとめ、或いは「忘備録」化してます…。しかし、同志さんたち大歓迎です。

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