菅政権、もうなんでもありの空中分解状態か…もう終わっている!?

わたしは所謂『無派閥派』に属するのだと自分では思っています。そして、歴代政権に対しても『是々非々』の評価を持ってきたと思っております。
自民党の『超長期政権』下では、その最終局面では、
『自民党は『政権が永久に自分たちの手中にある』と勘違いしている。ここは、一度、『政権は変わる』と言う事を経験していただけば、『政界』(政治家さん個人個人)が、良い意味で『緊張感』を持って、『真剣に“国益”を考えた政策論議をしてくれるかも知れない』という『期待』と、もしもダメだったら、政権を失った事で、緊張感を取り戻した『自民党』が政権を取り戻せばいい」程度の、ある意味「国民としての『政界の浄化へのショック療法』的期待感もあって、

「一度、民主党に政権を預けてみては」

と言う思いだったし、多くの国民も多かれ少なかれ同様の意識だったと思います。民主党の『マニフェスト』は、『大風呂敷』だとしても、魅力的に見えたと思います。当時、自民党政権下で、国民は「痛みに耐え」ましたが、小泉政権が言うような『明るい未来』はやってこなかった。それどころか、『失われた10年』『失われた20年』を経てこのままでは『失われた30年になってしまう』と言う、国民の『危機感』と言うか、もはや、それを通り越した『怒り』が、『歴史的政権交代』を成し遂げさせたのだと思っています。
周囲の人たちに聞いても、

「まあ、一度、政権交代する事は良いことだ」

程度の認識でした。しかも、民主党のマニフェストの5原則、
原則1 官僚丸投げの政治から、政権党が責任を持つ政治家主導の政治へ。
原則2 政府と与党を使い分ける二元体制から、内閣の下の政策決定に一元化へ。
原則3 各省の縦割りの省益から、官邸主導の国益へ。
原則4 タテ型の利権社会から、ヨコ型の絆(きずな)の社会へ。
原則5 中央集権から、地域主権へ。
(http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2009/txt/manifesto2009.txt 参)

は、いい加減「ウンザリ」していた「官僚集権政治」から国民目線の「政治主導政治」(これも、もうこの時点で少々不安ではありましたけど………)への転換、そして、細目で掲げられた、

【政策目的】
○自民党長期政権の下で温存された族議員、霞が関の既得権益を一掃する。
○政策コスト、調達コストを引き下げる。
2.特別会計、独立行政法人、公益法人をゼロベースで見直す
【具体策】
○特別会計をゼロベースで見直し、必要不可欠なもの以外は廃止する。
○独立行政法人の実施する事業について、不要な事業や民間で可能な事業は廃止し、国が責任を負うべき事業は国が直接実施することとして、法人のあり方は全廃を含めて抜本的な見直しを進める。
○実質的に霞が関の天下り団体となっている公益法人は原則として廃止する。公益法人との契約関係を全面的に見直す。

8.税金の使い途をすべて明らかにする
【政策目的】
○税金の使い途をすべて明らかにして、国民のチェックを受ける。
○決算を予算に反映させ、政策評価を徹底する。
【具体策】
○予算編成過程を原則公開するとともに、執行を厳格に管理する。
○決算に関する情報公開を徹底するとともに、提出時期を前倒しすることで予算との連動性を高める。
○一般会計・特別会計について、企業会計に準じた財務書類の作成、国会提出を法定化する。

等々、(当然ですが)良い事ずくめ(一部、議論すべき内容はあるもののですが)の、『素晴らしいマニフェスト』です。そして、当時の鳩山さんは、
「税収よりも、国債発行高が高い、そんなデタラメな国の財政は改めたい」
と強く訴えられ、『収支均衡予算』を訴えられていた。

しかし、政権奪取後の体たらくは、皆さんご存じの通りです。

7外交
も、『尖閣事件』処理に、わざわざ米のクリントン国務長官が、

「尖閣は日米安保の対象である」

と言う、バック・アップ発言をしてくれたのに、それを「無視」する形で『船長』も『漁船』も「お帰り頂いた」。しかも、中国との『外交交渉』も無しに(落とし所も決めずに)、「自分の思い込み」で返してしまった。これで『日本側の対応』が解った中国は、さらに「賠償」まで要求。しかも、『証拠ビデオ』は、『機密』扱いとなれば、中国は「言いたい放題、やりたい放題」になるのは目に見えている。この『政治判断』(内閣は「司法判断」と言っていますが、国民は「そんな事、あるわけない」と思っています。当然ですけど)は間違ったと思います。国家の第一の職務は「国民の生命・財産を守ること」ですから、この時点で、国連に「証拠ビデオ」を提出して提訴するとか、国際司法裁判所に提訴するとか(米国もバック・アップしてくれていたのですから)するべきだったと思います。

この事件で、海上保安官がネット上でビデオ公開しましたが、これも、本来は『情報公開』をマニフェストでうたっている民主党政権が、先に国民に公開するべきだったと思っています。中国は「主張しなければ、どんどん侵食してくる国民性の国」です。外交を政治主導でするのであれば、各国のデータや主要なキーパーソンの『プロファイリング』位は最低限の基本作業だと思います。

最近はもう、菅首相は『顔が見えない総理大臣』、仙谷官房長官は『民主党の原則(マニフェスト)も何もない、その場その場で言い逃れする人』にしか映りません。発言に一貫性が無いと感じるのはわたしだけでしょうか?

そして、ここにきて、仙谷官房長官の『官僚だより』です。つまりマニフェストの中心だった『政治主導』放棄です。

もうここまでやっちゃったら、「民主党は終わったな」と思うのはわたしだけでしょうか?

これについては朝日新聞電子版から二本の記事が出ています。

政務三役会議に次官も 官房長官、「脱官僚」を修正
2010年12月28日15時1分

仙谷由人官房長官は28日午前、首相官邸で開かれた各府省事務次官に対する年末訓示で、大臣、副大臣、政務官による政務三役会議に「次官や官房長が可能な限り出席、陪席するようお願いしたい」と要請した。年明けにも実施する考えだ。政務三役会議は民主党政権が政治主導の象徴と位置づけていたが、官僚トップの事務次官の出席容認は「脱官僚」路線を大きく軌道修正するものだ。
 仙谷氏は訓示の中で「民主党政権になり政治主導の行政を進めているが、政治主導とは事務方が萎縮したり、政治に丸投げしたりすることではない」と強調。そのうえで「政務三役と官僚が適切に役割分担し、緊密な情報共有、意思疎通を図りながら、国民のために一丸となって取り組むことだ」と訴えた。
 また、仙谷氏は「政務三役会議で事務方を排除することによって、意思疎通が図られないようではいけない。次官・官房長が出席、陪席するようお願いしたい」とした。仙谷氏はこの日の閣議後の閣僚懇談会で、各閣僚に対して政務三役会議への次官らの出席を要請した。
 民主党政権は事務次官会議を廃止し、週に数回開いている政務三役会議で意思決定や各省間の調整をしている。こうした仕組みの導入は、省庁の縦割りの弊害を廃し「省益」にとらわれず速やかに政策判断を進める狙いがあった。
 ただ、主要課題の判断から官僚を排除したため、各府省が抱える情報を政務三役と官僚が共有できず、省庁間の調整がスムーズに進んでいないとのデメリットを指摘する声も出ていた。
 仙谷氏は訓示で、中国漁船衝突事件で海上保安庁職員が撮影したビデオ映像がネット上に流出した事件や、航空自衛隊の事務用品発注をめぐる談合問題などを取り上げ、職務規律の維持と情報管理も強調。政務三役会議への事務次官らの出席は、官僚との一体化を進めながら危機管理を強化する狙いもありそうだ。』
( http://www.asahi.com/politics/update/1228/TKY201012280218.html 参)

仙谷氏、次官同士の調整も容認 政官の連携重視へ転換
2010年12月29日2時5分

民主党政権が掲げる「脱官僚」路線の転換が鮮明となった。菅内閣は28日、政治主導の看板にしてきた各府省の最高意思決定機関「政務三役会議」に事務次官らの陪席を要請。各省の次官による官僚同士の政策調整などの協議も容認する方向だ。大臣・副大臣・政務官の政務三役を軸とした政策立案・調整は十分機能しなかったと自ら認め、官僚との連携重視に踏み出した。
 仙谷由人官房長官はこの日、閣議後の閣僚懇談会で「政務三役会議に事務方の陪席を認めないところもあると聞いているが、政務三役会議の決定事項が円滑に実施されない弊害もある」と指摘。「陪席を認めても差し支えない案件では次官や官房長らの陪席を認めるなど、各府省の運用を見直してほしい」と求めた。
 さらに閣議後の記者会見で「事務次官レベルの協議の場が必要であれば適宜、私の方から提起していく」とも述べた。民主党政権が廃止した事務次官会議自体を復活させることは否定したが、政策の立案・調整で各府省の次官ら官僚間の調整も容認する構えだ。
 仙谷氏はこの時期に踏み切ったのは「一年の締めくくりだと思ってやった」としている。
 民主党政権は「政策の決定は、官僚を介さず、政務三役が担う」(鳩山由紀夫前首相の所信表明演説)としていたが、官僚との「融合」を強調することになった。
背景には、細かいデータを持たない政治家だけで判断を一手に引き受けて混乱を招いたことへの反省がある。「本来は官僚のやる仕事まで政務三役がこなし、役割分担がはっきりしなかった」(民主党の政務官経験者)というわけだ。「政治主導を振りかざす政務三役と事務方とのかたくなな関係」(法務省幹部)は官僚排除につながった。
 典型が外交だ。尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の際、仙谷氏は周辺に「中国政府がどう反応するのか、外務省から情報が上がってこない」と漏らしていた。外務省は事務次官らに情報を集約して政務三役や首相に説明するシステム。同省幹部は「政権交代後、普段から首相に状況を説明したくても問題が起きた時にしか呼ばれない」と話す。
 肝心な情報を事務次官に集約する仕組みを変えられなかったため、政務三役主導は十分機能しなかった。
 仙谷氏は28日の会見で「総理も私と共通している」と語り、方針転換は首相も了承済みという。首相は内閣改造後の9月下旬、政務官を集めた会議で「省庁には膨大な仕事があり、政務三役だけですべてやろうと思ってもオーバーフローする」と述べていた。』
( http://www.asahi.com/politics/update/1228/TKY201012280458.html 参)

「民主党政権になり政治主導の行政を進めているが、政治主導とは事務方が萎縮したり、政治に丸投げしたりすることではない」

と言う仙谷氏の発言には一応の同意はします。しかし、それが自民党政権時代のように『官僚集権国家』への回帰につながるのであれば、それは問題外だと思います。気になるのはどうも、『回帰現象』が覗いている事です。それも「政治主導による官僚集権への回帰」だというのでしょうか?

民主党の支持率回復に貢献した『事業仕分け』ですが、これも全くの『政治ショー』だった事は、マニフェストの

『実質的に霞が関の天下り団体となっている公益法人は原則として廃止する。公益法人との契約関係を全面的に見直す。』

が全く出来なかった。『廃止決定事業』もそのまま継続されていたり、縮小して実施されていたり、名前を変えてさらに焼け太っていたりと、散々な状況です。
さらに月刊ゲンダイ電子版に、追いうちするような、気になる「記事」が掲載されています。

ふざけるな! 豪華公務員宿舎事業が“焼け太り”復活
【政治・経済】
2010年12月28日 掲載

日刊ゲンダイ本紙既報通り、昨秋の事業仕分けで「廃止・凍結」された公務員宿舎事業が復活した。24日に閣議決定した来年度予算案で「凍結解除」の経費が盛り込まれたのだ。地元住民は「ウソつき菅政権を許すな」とカンカンだ。 凍結解除が決まった埼玉・朝霞市。米軍キャンプ朝霞跡地に13階建ての宿舎2棟(計850戸)を建設する計画で、総事業費約105億円。昨年11月の事業仕分けでは、「(跡地の森林を)潰してまでやる事業なのか」などと批判が集中し、凍結になった。それが1年余りで復活したのだ。朝霞基地跡地利用市民連絡会の大野良夫氏がこう言う。
「とても怒っています。事業仕分けでは朝霞宿舎が中心に議論され、当時の枝野前幹事長は『(中止で)緑が守られる』とまで言い切った。財務省は(復活の)条件に『保育所の整備』や『救急診療所』の併設などを挙げたようだが、宿舎併設の保育所なんて公務員専用になるだろうし、診療所というハコモノの前に医師の確保が先です。ムダな官舎をつくるためにアメを与えてゴマカそうとしているのです」
 中止された公務員宿舎が、保育所と診療所を併設して復活――。これでは“焼け太り”だ。役人の考えはつくづく姑息である。』(月刊ゲンダイ電子版)
(http://gendai.net/articles/view/syakai/128143 参)
スポンサーサイト

『法人実効税率5%下げ=菅首相、財務相らに指示―財源は未決着』について考えること

今、個人的に『経済学』のお勉強をしております。『経済学』の読み物的な著作は、昔から結構興味があったので、時々読んでいましたが、改めて『経済学』の教科書を読むと、これが中々の難物と言うか、もう「凄く奥が深い」し、非常に難解です。で、ちょうど『公共経済学』の『税』のところをお勉強しているときに、民主党、菅政権は『国家成長戦略』の目玉として、『法人税の5%減税』を打ち出してきましたので、少し(聞きかじり?)『経済学』の立場からその効果について、少し考えてみたいと思います。

朝日新聞電子版の報道によれば、その『減税政策』は次のように報じられて居ます。

法人実効税率5%下げ=菅首相、財務相らに指示―財源は未決着
2010年12月14日1時6分

 菅直人首相は13日夜、首相公邸で野田佳彦財務相、玄葉光一郎国家戦略担当相と会談し、2011年度税制改正で焦点となっている法人税減税について、国・地方税を合わせた「法人実効税率」を5%引き下げるよう指示した。新成長戦略を軸とする需要と雇用拡大に向け、企業の税負担を実質的に軽減する「実質減税」を実現する。

 政府税制調査会は減税による減収額1兆数千億円を補う財源として、租税特別措置廃止に加え、所得控除や証券優遇税制の見直しなどを想定しているが、まだ決着していない。今後、詳細を詰めるが、現段階で5000億円規模の実質減税となる見通しだ。

 菅首相は13日夜、記者団に「企業が海外に出て雇用が失われると経済にとってもプラスにならない。経済界には国内投資、雇用拡大、デフレ脱却の方向に積極的に使ってほしい」と強調した。

 法人税減税の結論が出たことで、税制改正大綱は大筋固まった。政府としては16日に閣議決定したい考えだ。

 法人減税をめぐり、税調は片山善博総務相、海江田万里経済財政担当相も加えた4閣僚会合を連日開催。しかし、財源確保策や下げ幅をめぐり、主に野田財務相と玄葉国家戦略相の意見が対立していた。 
[時事通信社] 』
(http://www.asahi.com/politics/jiji/JJT201012130119.html 参)

ところで、前もってお断りしておかなければならないのは、『経済学』の中でも『税制』は非常に難しい問題です。そしてわたしは「独学の初学者」です。

『税制』の問題は、ノーベル賞級の(本物の)経済学者さんたちの間でも、「議論が絶えない」問題です。

以前のわたしだったら、菅政権の『法人税5%減税』に単純に賛成していたかも知れません。ただ、少し『経済』をかじってみると、それはそう単純に「良い政策」とは言えないです。増して、今回の減税分の「財源が確定できていない」更に「個人の相続税枠の40%カット」とか「租税特別措置廃止に加え、所得控除や証券優遇税制の見直しなど」とかと言った形での『財源確保』がくっついてくるとなると、益々、『法人税5%減税』に「賛成」とは言い難くなってきます。

まず、政府の目論見通り、

『新成長戦略を軸とする需要と雇用拡大』

に、減税された「お金」が回るのかと言うのは非常に疑問です。スティグリッツ教授の教科書によれば、

『法人所得税の理論的根拠は、決して完全に明らかになっていない。ある者は、法人企業も個人と同じように税金を支払うべきである、と考えている。しかしほとんどの経済学者はこの議論は説得的でないという。その理由は、税金を払うのは、法人企業ではなく人間であり、具体的には、その企業で働く人、それに資本を供給している人、そしてその企業によって生産される財を購入する人だからである。』(『スティグリッツ公共経済学 第2版 下』J・E・スティグリッツ著 東洋経済新報社 P.863)(下線は管理者)

つまりは、『税の帰着』の問題で、結局『法人税減税』の恩恵を受けるのは企業の『労働者』であり、『株主』であり『消費者』であるという事になります。

まず『労働者』を考えると、単純に考えると「賃金が少し増えるかも知れない」。ですが、少し位、賃金が増えたからと言って、それが消費に回る(需要の拡大)に回るとは考えにくい。

同じく『労働者』としての『経営者』(オーナー経営者では無く雇われ経営者)。彼は果たして少し減税の恩恵を受けるからと言って『雇用』を増やすかと言えば、それよりは現状の景気では『社内留保金』を選択する可能性が高い。彼も同じく、自らの賃金を少しだけ上げるかも知れないけれども、それは消費に回るかもしれないけれども、『貯蓄』に回るかも知れない。

それから『消費者』。確かに少しだけ安くなった商品は、少しだけ『魅力』のある商品にうつるかも知れませんから、消費に回るかもしれない。けれども、現状の景気から考えれば「消費の手控え」が解消される程の効果があるとも思えない。

そして、『法人税』が諸外国並になったから『外資』が入ってくるか。確かに、「今までより企業負担が減ったのだから、投資対象としての魅力は少しは上がったかもしれませんから『外資』が流れてくるかも知れない。しかし、それよりも、「日本国内の需要が伸びない以上は、それ程『魅力的』な投資対象だとは思えないかも知れない。むしろ、国際比較しれば、やはり成長率が高く、『株価』が上がり続けている『中国』を始めとする国々の方が投資対象として魅力的に見えるかも知れない。

それに民間の『投資』への期待をされているようですが、今でさえ、GDPギャップが大きすぎるのに、そこに更に『投資』は行われない可能性のほうが高い。「造っても売れない」のですから、企業は『設備投資』も『雇用』も必要が無い。

更に、財源確保のために行われる『個人負担の増税』は、国内の消費マインドを更に冷え込ませるかも知れない。ただ、『相続控除の40%カット』は、個人の『貯蓄性向』を下げ、消費に向かわせるかも知れない。ただ、同時に、企業(特に中小のオーナー経営会社)は、オーナーの持ち出し金にも、また企業を子供に譲る時にも今までよりも多くの『相続税』を払わなくてはならなくなるため、『倒産』が増えるかも知れない。

実は、日本の製造業を支えているのは『中小企業』とその高い技術力ですから、場合によっては、政権の当初の目的である『新成長戦略を軸とする需要と雇用拡大』とは全く正反対の効果を及ぼしてしまうかも知れません。

『実際上、法人化の利点は非常に大きいため、税金は法人化を抑制するうえで大きな効果を持たないかもしれない』とスティグリッツ教授の教科書にも書かれています(同上書 P.863)

『法人税減税』が悪い税制改革だとは思いませんが、財源確保の方法が問題を作り出しそうな気がします。

今、日本経済の問題は『GDPギャップ』が埋まらないことだと思います。製造能力は余っているのに、モノを造っても売れない。長すぎる不景気で、消費者の『消費マインド』が冷え込んでしまっている。更にはリストラ、派遣、アルバイト、フリーターなどで消費者の『購買力』もなくなってしまっている。

それは単純化して言えば『市中にマネーが不足』している状態。だから『円』が不足し、さらに経済危機で、ゼロ金利或いはそれに近い金利を取っているために、(今は切断されている)キャリートレードによって『円』の需要が高まり『円高』になって、『輸出産業』は国際競争力を失った。だから、『日銀』は実行するのが嫌さに「出来ない」と言い続けている『インフレターゲット』を設けた『緩やかなインフレ』を作り出すべきだと言われる。

この深刻な『不況』を脱するためには大胆な『金融政策』と『財政政策』が必要だろうし、実際政府は行っている。ただ、例えばP・クルーグマン教授流に言えば、
「規模が小さい。」
という事になるのかも知れない。それに、経済は複雑に絡み合った『多体問題』なので、『目的』を『相殺』するものに政策実施をしてしまっているかも知れない。

『日銀』は紙幣を刷って、市中の通貨量を増やすべきだと思う。もちろん『慎重さ』も必要で、「オーバーヒート」したら冷却(金利を上げて、今度は「市中のマネー」を減少させる)しなければならない。しかし、少なくとも年2~3%位のインフレは必要だろうと思う。なにしろ随分と長く続いている『デフレ』なのだから、その退治には少々の荒療治が必要だろう。

そういう「経済の下降局面」に慣れてしまっている(「仕方が無い」と諦めている?)、状態が一番問題だろう。この『異常な閉塞感』の状況は国民にとっては良く無い状況であることは誰もが(一部の富裕層を除いて?)感じるところだろう。

兎に角、

「法人税を5%下げれば、国内投資、雇用拡大、デフレ脱却ができる」

と言うのは、少し短絡的で、その『財源』(しかも5%減税分の内の3%分しかまだ「方向性」さえ見いだせていない)の賄い方にも問題がありそうなので(そもそも、『税』は『一括税=ランプサム税』以外は『経済』に『歪』を作り出すので、余程注意して『税制設計』をおこなわなくてはなりません)、繰り返しになりますが、反対の効果になる可能性もあります。

『前田元検事、職権乱用容疑は不起訴へ 証拠改ざん』について思うこと

朝日新聞電子版に例の「郵便不正事件の証拠改ざん」をし、司法権の権力執行実動部隊である検察の威信を揺るがせた検察の司法の判断が(身内である最高検)出された。その結果は「不起訴」。

「これって、やっぱり身内贔屓と言うか、最高検にまで責任がかかってくるので、その保身のため?」

って、どうしても思ってしまいますよね。何しろ、例の事件が報道された時は、日本全国が、

「厚生労働省はまたやったのか!?」

「木村と言う女性(元)局長はとんでもない悪人」

ってニューマが日本国中を覆っていましたからね。それで、たまたま今回は、検察の証拠改ざんが表に出てきたので、木村さんは無罪になりましたが、あのままだと、木村厚生労働局長は有罪。当然、懲戒免職で、社会的生命を奪われていた。さらに身内の方々は「犯罪者の家族・親族・知人」として、社会的な不利益を被っていたはずですよね。

しかも、木村(元)局長は、2009年の6月に逮捕され、11月に保釈されるまでの5ヶ月間も拘置所に『勾留』(自由を奪われ、かなり過酷な取り調べを受け、クサイメシを食べさせられていた)され、さらに裁判で今年の9月まで10か月、行動も制約されていた訳ですよね。単純計算ですけど、15か月、1年3か月、さらに「改ざん報道」が始まってからだとさらに数か月くらいは、なにもやっていない『無罪』の人間を『罪人』に仕立て上げてきた訳ですよね。そこまでの事を『故意』に行った『検察官』が『不起訴処分』と言うのは、どのような『天秤』(天秤は弁護士会の会章デザインですが、それは『司法』のあるべき姿を表象していますよね)がその様な『アンバランス』な判断をするのでしょうか。

わたしが憤りを覚えるのは、「事実を基にして、罪状を明らかにし、正義を守るべき『検察』が、事実を改ざんして(嘘を作り出して)、『罪』を作り出すという、主権者への『背任行為』をしていながら起訴さえされない。これでは『善良な市民』もおちおちしておられない。何も罪を犯していないのに『罪を作り出されて』塀の内側にたたき落とされる可能性が出てきてしまう」事です。しかも、「罪を作った検察は責任を問われない」のであれば、それはもう『法治国家』とは呼べないです。

今回の『検察の問題』については、『検察』だからこそ、余計に『罪』を重く受け止めて(実際にも、標準的な罪科よりも『重い罪科』にして欲しかったところが、結局は『不起訴』!!

このような『措置』を許すのであれば、民主党政権(政権政党の法務大臣管轄ですから)は益々、国民からの『支持』を失うと思います。

前田元検事、職権乱用容疑は不起訴へ 証拠改ざん

2010年12月16日5時0分

郵便不正事件の証拠を改ざんしたとして、証拠隠滅罪で起訴された大阪地検特捜部の元主任検事・前田恒彦被告(43)について、最高検は、特別公務員職権乱用容疑は不起訴とする方針を固めた。村木厚子・厚生労働省元局長=無罪確定=が無実と認識しながら職権を乱用して逮捕、起訴した疑いがあるとして、市民団体が同容疑で告発していた。
 
調べに対し、前田元検事は「改ざんした証拠以外の証拠で、村木元局長を有罪にできると思っていた」と供述。無実の人を故意に有罪に陥れようという認識があったことを示す証拠は得られず、起訴できないと判断した模様だ。
 
これまでの調べでは、前田元検事は昨年5月、証拠品のフロッピーディスク(FD)のデータが、自分の描いた事件の構図と矛盾することを同僚検事から聞いて知った。しかし上司には不都合な証拠の存在を伝えないまま、同年6月に村木元局長を虚偽有印公文書作成・同行使容疑で逮捕。起訴後の同年7月に、自分にとって都合の良い内容にデータを改ざんし、押収元の厚労省元係長にFDを返却したとされる。
 
村木元局長の勾留は、逮捕から5カ月余りたった同年11月に大阪拘置所から保釈されるまで続いた。今年9月、大阪地裁が無罪判決を言い渡し、そのまま確定した。 』(下線部は管理者)
(http://www.asahi.com/national/update/1215/TKY201012150550.html 参)

しかし、『改ざんした証拠以外の証拠で、村木元局長を有罪にできると思っていた』っていう事は、何らかの『確実な証拠』があって、木村さんが『有罪』であると『確信』(この場合は『想像』?)していたと言う事ですよね。しかし、実は「何の確実な証拠も持っていなかった」。ということは、「罪が無いかも知れない人を罪にしようとしていたと言うことになる」と思いますが、最高検は『無実の人を故意に有罪に陥れようという認識があったことを示す証拠は得られず』なんて事を言っている。しかし、

「このままだと『無実』になってしまう。それは自分(前田元検事)にとっても都合が悪いし、地検特捜部(しいては『検察』)にとっては都合が悪い。だからこの際、証拠をねつ造してでも(=故意に)『罪』を被ってもらおう」と言う『認識があった』と考えるのが自然ではないでしょうか? 『証拠ねつ造』が『無実の人を故意に有罪に陥れようという認識』の『証拠』でなくて、一体何が『証拠』になるのでしょうか? 素人ならいざ知らず、前田元検事は『司法』のプロですから、自分がやっている事がどういう結果を生むかは十分に承知していたはずです。前田元検事の『証言調書』が証拠と言うのであれば、それは「身内のストーリー」になってしまう。それに無罪の木村さんを裁判にまでかけたのですから、当然、前田元検事も裁判(「裁判員裁判」が適切でしょうね)にかけて法廷で『事実』を明らかにして行くのが『筋』ではないでしょうか?

最近(多分、昔から延々とあったのでしょうけど)、『国策捜査』と言う、『無罪の人間』が『一部権力』にとって、

「邪魔だから、社会的生命(時に『政治的生命』)を奪ってしまえ」

みたいな『(ねつ造された)事件』が表面化してきています。そして、その『手口』も、『嵌められた人たちによって』徐々に明らかになってきつつあります。だからと言って、『国策捜査』で嵌められた人たち(多くは『有能』或いは『有能すぎる』)は、結局は『嵌められ』て、『有罪』判決を受けています。そして『国家』として本当に必要な『人材』が『社会的に抹殺』されて行く。これは『国益』と言う観点から観れば『大いなる損出』以外の何物でもありません。

『嵌められた人たち』の著書を読むと、その手法が解ります。人間、生活している限り、『法律』『条例』に完全に抵触せずに生きている人は居ないのではないでしょうか? もちろん非常に軽微なレベルの事です。たとえば、「横断歩道を車が全く走っていないので、信号を無視した」くらいの話です。しかしこれも『罪』と言えば『罪』ですから、それでしょっ引かれても仕方がないですよね。もちろん『法』は「悪法もまた法なり」(信号無視が悪法とは思って居ません)ですから、例え、個人的に「理不尽」と思えるような『法』が制定されていたら、それを守らなくてはならないし、それでもどうしても「理不尽」と思うのであれば、政治家さんに訴えて、『国会』(或いは『条例』などであれば、その決定機関の構成議員さんに)で議論してもらい、『改正』して貰えるのであれば改正してもらうことですね。で、『国策捜査』はまず『別件逮捕』します。それは例えば『軽犯罪』で十分です。それから、勾留して10日間、だめなら更に10日間。さらに勾留中に起訴すれば最長で3か月勾留延長できるはずです。そこで、『さまざまなテクニック』を使って『締め上げる』。もう『極限まで追い詰める』。その時点で、既に「シナリオ」として用意されている『調書』を出して(当然、『作られた罪』が書かれている)、

「もう、これにサインすれば、すぐに『楽』になりますよ」

と囁く。

 普通に生活していると解らないですけど、人間、そこまで『追いつめられる(精神的・肉体的に)』と、「もう何でも良いから、今の状況から逃れたい。『楽』になりたい。自由になりたい」と心底、思ってしまうそうです。それで、殆どの人は『堕ちる』。「わたしはそんな事、一切、絶対にやっていない」と言う人でも『堕ちる』。

 『司法』も役所ですから『ペーパー主義』。つまり、「紙に書かれた事は『証拠』になる」。最近、ようやく「取調手法上の問題点」が問題になって来ており、「強制された自白は、『証拠』にはならない」と言うことになってきていますが、まだまだ『不十分』だと言えるでしょう。それよりも「証拠なんてどうでも良い」という『闇の部分』があるのかも知れませんね。だから、少し前までは『冤罪』は非常に多かったと「推察」されます。大体が、逮捕した人の『有罪率』が99.5%とか……実際、あり得ない数字ですよね。それはもう、日本の『検察』『警察』の優秀さと言うよりは、

「逮捕したからには『有罪』にしなければ『メンツ』が立たない」

と言うような『役所無謬説』と言う『都市伝説』(より本当は怖い)ですよね。中国人が『面子』を大事にすると言って『異文化』視していますが、日本の場合は、表面に表れていないだけで、ひょっとしたら「もっと性質が悪い」かも知れません。

兎に角、徐々に『自己自浄化作用』と言う良い傾向(わたしはそう思っているのですが、違う意見の方もいらっしゃるでしょう)が出てきているのですから、ここで、

「結局は『不起訴処分』か!?」

なんて昔流の事をせずに、『正義』を守る『司法当局』として、自らが犯した『悪』は、より『重いペナルティ』として示して欲しいです。そうする事で、日本の『司法』は適切に「この国の監視役として、正常に機能」すると思います。

「クルーグマンコラム」から考えること

かなり以前になりますが、今年の8月12日の朝日新聞に掲載されたノーベル経済学賞受賞学者であり、『活動的』で「歯に衣着せぬ直言」で有名なポール・クルーグマン博士の『コラム』が設けられていました。現状のアメリカの社会状況を憂う博士の「直言」を残しておきたく、また、現状の日本の教訓にもなると思いますので、ここに残させて頂きたいと思います。

博士の経歴は、早川書房の『世界大不況からの脱出』の著者紹介で次のように紹介されています。

『ポール・クルーグマン博士は1953年ニューヨーク生まれ。イェール大学助教授、MIT教授、スタンフォード大学教授を経て、現在プリンストン大学教授。大統領経済諮問委員会の上級エコノミスト、世界銀行やEC委員会の経済コンサルタントを歴任。ニューヨーク・タイムズの辛口コラムニストとしても人気が高い。1991年、40歳以下の最も優れた経済学者に贈られるジョン・ベイズ・クラーク賞受賞。2008年、ノーベル経済学賞受賞。
著書に『グローバル経済を動かす愚かな人々』、『嘘つき大統領のデタラメ経済』、『嘘つき大統領のアブない最終目標』、『格差はつくられた』(以下、早川書房刊)など多数。』

そう言えば、この朝日新聞の『クルーグマンコラム』も元は、NYタイムス発信の記事です。

『 クルーグマンコラム
               @NYタイムス
      真っ暗になる米国   崩れゆく社会基盤と公教育

ポール・クルーグマン教授
Paul Krugman 53年生まれ。米プリンストン大教授。
08年にノーベル経済学賞受賞。

 米国の至る所で明かりが消えつつある。まさに文字通りの意味で。(内陸部コロラド州の)コロラドスプリングズは街灯の3分の1を消すことで財政支出を節約しようという必死の試みで新聞の見出しを飾った。だが、おなじようなことがらが(東海岸側の)フィラデルフィアから(西海岸側カリフォルニア州の)フレズノまで、この国のあらゆる場所で起こりつつあり、もしくは検討されているのだ。
 それと同時に、(五大湖と大西洋を結ぶ)エリー運河から各州を結ぶ幹線道路網にいたるまで、かつて先見の明のある投資で世界を驚嘆させた国が、今や自らそれらを未舗装の状態にしている。多くの州では、地方政府はもはや財政的に維持できない道路を壊し、砂利道に戻しているのだ。
 そして、かつて教育を非常に重視していた国(最初にすべての子どもに基礎教育を提供した国家の一つである)が、今や教育費を削減している。教師は一時解雇され、教育関連の数々のプログラムが撤廃されている。ハワイ州では年間の授業期間自体が徹底的に短縮されている。これらはいずれも、今後、一層多くの削減があることを示唆している。
 私たちはこう聞かされている。私たちに選択の余地はなく、政府の基本的な機能(何世代にもわたって提供されてきた欠くことのできない公的サービス)すら、もはや財源の余裕がないのだ、と。景気後退で深刻な打撃を受けた州や地方の財政が困窮状態であることは事実だ。だが、地元の政治家たちが少なくとも何らかの増税をすることをいとわなかったなら、州や地方の政府はこれほどまでに厳しい財政状況にはなっていなかったはずである。
 また、連邦政府はインフレ連動型の長期国債をたったの1.04%という金利で売ることが可能であり、金欠状態などにはないのだ。連邦政府は米国の社会基盤と米国の子供たちの未来を守るために、地方政府を支援することができるし、そうすべきなのだ。
 しかし、連邦政府はほんのわずかな支援を提供しているだけで、それもしぶしぶやっているにすぎない。共和党議員や民主党の「中道派」議員は「我々は財政赤字の削減を優先しなければならない」と主張する。そして、ほとんど次の瞬間、連中は「我々は非常に裕福な人々への減税を維持しなければならない。その財政コストは今後10年で7千億ドルになる」と主張する。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 実際、米国の政治階級の大部分は優先順位をはっきりさせている。最も裕福な2%程度の国民に、好況だったクリントン政権時の税率で再び税金を納めるよう求めるか、あるいは国家の基盤が崩れるままに任せるか(道路は文字通りの意味で、教育は比喩的な意味で)のどちらかを選ぶかと問うと、大多数は後者を選択しているのだ。
 これは短期的にも、長期的にも、破滅的な選択である。短期的には、このような州・地方政府の支出削減は経済にとって大きな障害であり、壊滅的なまでに高い失業率を長期化させる。
 オバマ大統領の下で政府支出が増大したと誰かがわめき散らすのを聞いた時に、州・地方政府のことに留意するのは極めて重要である。もちろんあなたが考えているほどではないにせよ、連邦政府の支出は増えている。だが、州・地方政府は支出を削減している。そしてこれら全体を合わせてみれば、支出が大幅に増加しているのは、景気後退の深刻さから経費が急増した失業保険のようなセーフティネット(安全網)のプログラムだけだということが明らかになる。
 このことはつまり、景気刺激策は失敗だったと主張されているが、政府支出全体に注目すれば、ほとんど何の刺激策も行われていないということなのだ。主要な州や地方での予算削減が続くと同時に、今や連邦政府の財政支出も先細りになりつつあり、私たちは後退へと向かっているのである。
 だが、富裕層への税金を低く維持することも、ある種の景気刺激策なのだろうか? それはあなたが気付くほどのものではない。学校の教師の仕事を救えば、それは疑いの余地なく雇用を支えることになる。富裕層により多くのカネを与えれば、カネの大半は役にたたないままに終る可能性が高い。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 経済の将来はどうなるのだろうか?
 経済成長について私たちが知っているあらゆることからすれば、成長には高い教育を受けた人々と高い品質の社会基盤が決定的に重要である。新興諸国は国内の道路や港湾、学校を改良するのに多大な努力を払っている。なのに米国はそれから後退しつつある。
 なぜ、私たちはこんな状況に至ってしまったのか? それはこの30年間に及ぶ反政府のレトリックの論理的帰結なのだ。このレトリックは、税金で徴収される1ドルは常に無駄に使われる1ドルであり、公共部門は何一つ正しいことが行えないのだと多くの有権者に信じ込ませてきた。
 反政府のキャンペーンは常に、無駄と不正に反対するという観点から表現されてきた。例えば、キャデラックを乗り回す女王のような生活を送る生活保護者に送られる小切手、とか、無駄に書類ばかり作っている役人の大群、とか。だが当然、そんな主張は根拠のない話だ。右派が主張するほどの大規模な無駄や不正などはなかったのだ。
 そして、今やそのキャンペーンが実を結び、何が実際に非難の対象になっていたのかを私たちは目にしている。それはつまり、非常に裕福な人々を除くすべての国民が必要とするサービスであり、政府が提供しなければならなず、政府以外には誰も提供しないサービスなのだ。それは例えば、街灯のある街路、車が走ることのできる道路、全国民への適切な学校教育、である。
 この長年にわたる反政府キャンペーンの結果、私たちは破滅的なほど間違った方向へとハンドルを切ってしまった。今、米国は明かりのない、未舗装の砂利道の上で、どこにも通じていない道の上で立ち往生しているのである。  (NYタイムズ・8月9日付)
(2010年8月12日 朝日新聞 掲載)』

米国の状況は、その『制度』からしても日本とはかなり異なっていますが、日本は米国と比較して「同じ状況」の部分と「異なる状況」の部分を知り、そこから色々な『教訓』を得る事ができると思います。例えば、

『私たちはこう聞かされている。私たちに選択の余地はなく、政府の基本的な機能(何世代にもわたって提供されてきた欠くことのできない公的サービス)すら、もはや財源の余裕がないのだ、と。景気後退で深刻な打撃を受けた州や地方の財政が困窮状態であることは事実だ。だが、地元の政治家たちが少なくとも何らかの増税をすることをいとわなかったなら、州や地方の政府はこれほどまでに厳しい財政状況にはなっていなかったはずである。』

ですが、日本の状況と似ていると言えるでしょう。しかし、その『内容』はかなり異なると思います。米国のGDPは13.75兆ドル(2008年)。財政状況は、国家の借入金が11兆7000億ドル(2009年8月)。海外債務が13兆6418億700万ドル(GDPの95.6%、2008年第4四半期)。歳入は2兆5230億ドル(2008年)、そして歳出が3兆1500億ドル(2008年)確かに債務超過状態ですね。
一方、日本はと言えば、GDPは515兆4730億円(第2位)約4兆3834億ドル(2007年推定)。財政状況は国庫借入金がGDPの147%の776兆円(国・地方公共団体の長期債務残高)。海外債務は293兆671億円ですが海外債権が519兆179億円あり、これを合算すれば海外債権が225兆5080億円もあります(財務省HP http://www.mof.go.jp/1c018.htm 参)。歳入は83兆613億円(2008年)、そして歳出も83兆613億円(2008年)。これはバランス・シート的記載のためですね。実際の(広義の)税収は57兆7133億円ですね。

もちろんこれは2008年の数字で、それから日本は財政状況がさらに「悪化」していますから、日本も「財政が困窮状態」ではあるかも知れませんが、不思議な事に、財務省のHPを見ると、「日本の財政破綻は近い」と言われている間も、海外債権は増加して行っております。数字を挙げると、2002年179兆2570円、2003年175兆3080億円、2004年172兆8180億円、2004年185兆7970億円、2005年180兆6990億円、2006年215兆180億円、2007年250兆2210億円、2008年225兆5080億円、2009年266兆2230億円です。まるで海外への資産租界のようですね。コレ自体、財務省が発表しています(上のHPアドレスと同じ所です)。これにさらに高橋洋一氏が言われるように「官僚が75兆円隠している」のであり、さらに『資産』は金融資産だけではないですから、トータルしてみれば、財務省が公言している、
「一般政府の債務残高の対GDP比をみても、他の主要先進国は着実に財政の健全化を進めた結果、横ばい又は減少する傾向にありますが、日本は急激に悪化しており、主要先進国中最悪の水準となっております」
と言うのは少し疑わしくなってきます。国債発行高に近い数字の海外債権が増えていますから、高橋氏が言うように、
「財務省は、増税したくて仕方が無い」
と言う、「何が何でも“増税”ありき」と言うことに非常に信憑性が出てきてしまいます。

ただ、確かにこのままの『国家経営』をしていると、多くの問題が出てくることは否めません。『貧富の格差』は増大しており、一部の富裕層と大多数の貧困層が生まれ、本来国家を支える『中間層』が(著しく)減少していることは事実で、これは『政府の経済政策』の問題でもあります。政府は格差を少なくするために税制などの手段によって、資産の『再配分』を行わなくてはなりません。ただ、『税制』は非常にデリケートな部分があり、その『制度設計』は非常に難しく、専門家の間でも様々に意見が分かれ議論され続けるところではあります。さらに問題なのは『将来負担』ですね。『(超)少子高齢化』社会になると、『社会負担』は確実に増えます。その「不安」が益々『少子化』を招く……いわゆる『負のスパイラル』状態ですね。先の『貧富の格差』も、「将来不安」を招いています。日本は『グローバリゼーション(グローバル・スタンダード)』と言う名の『アメリカン・スタンダード』を受け入れてしまいましたが、アメリカは極端な『競争社会』(もちろん、アメリカも古き良き次代は『健全な中間層』が居ました)で、極論を言えば「貧者は死ね」と言うような社会です。ただ、アメリカの救いはアメリカにはキリスト教の文化があって、「富者は貧者に施しをする」習慣があって、それが『セーフティ・ネット』になっています。また更には『ボランティア』も根付いています。日本にはそれらの文化は希薄で、結局は政府や地方政府が公金でそれらの人々を養わなければなりません(生活保護等々)。そうなると、「自らまいた種」なのですけど、本当に『財政破綻』の可能性が高くなってしまいます。或いはアメリカ流に割り切って「貧者は死ね」社会を作り上げるか、それよりも可能性が高いのは、わたし個人的には『共倒れ社会』になると思います。あまり考えたくはありませんが、『犯罪率』は上昇し、その対策のための『社会費用』が発生したり、非常に『無駄』の多い、『非効率』な社会になるかも知れません。

『オバマ大統領の下で政府支出が増大したと誰かがわめき散らすのを聞いた時に、州・地方政府のことに留意するのは極めて重要である。もちろんあなたが考えているほどではないにせよ、連邦政府の支出は増えている。だが、州・地方政府は支出を削減している。そしてこれら全体を合わせてみれば、支出が大幅に増加しているのは、景気後退の深刻さから経費が急増した失業保険のようなセーフティネット(安全網)のプログラムだけだということが明らかになる。』

も「耳の痛い話」ではないでしょうか。日本政府は『緊急経済対策』として多額の『財政出動』をしましたが、わたしたちの国も同様で、『景気刺激策は失敗だったと主張されているが、政府支出全体に注目すれば、ほとんど何の刺激策も行われていないということなのだ』に“近い”状況ではないでしょうか。一方で「アクセル」を踏み、もう一方で「ブレーキ」を踏んでいる状態ですね。

もう一つだけ言えば、『マンデル-フレミングの法則』から言えば、『不況(恐慌)』時には、『財政政策は殆ど効果がない。金融政策こそ重要』なのですが、我が国は直ぐに『財政政策』で何でも解決しようとしますよね。そしてそれをもって『ケインジアン』であると主張されますが、ケインズは常時の財政出動も肯定していたのでしょうか。もう一度、ケインズの原著を読み直して欲しいです。

「地方公共団体の不正経理問題」等について

国・地方合わせて債務総額が1,000兆円と言われています。
しかし、日本の公共の財政に関しては、ブラック・ボックスと言うか、非常に杜撰な『経営体質』としか言えません。国にしても、元財務官僚の高橋洋一氏などは「官僚は75兆円を隠している」と指摘しています。このような『隠し金』は、国の専売特許ではなく、もちろん地方公共団体も行っているはずです。

これは「不正経理」と言っていいでしょう。グレーゾーンも含めれば、もっと多くの「不正経理」が行われていると思われます。

公共団体の不正経理について、読売新聞電子版に次のような記事が掲載されていました。


不正経理トップ神奈川、2位千葉…会計検査院

会計検査院は、不正経理に関して全国の自治体の自主調査の結果をまとめ、公表した。 不正総額は111億1328万円に上った。

調査対象は47都道府県と、18政令指定都市の計65自治体。
 最も金額が多かったのは、32億9887万円の神奈川県で、これに21億1337万円の千葉県が続いた。
 検査院は2008~10年、65自治体を調査し、いずれの自治体でも何らかの不正が見つかった。検査院の指摘額は計約53億円だったが、自治体側で検査院が調べた国土交通省、農林水産省補助の事務費だけでなく、他の事業に対象を広げた結果、金額が2倍以上に膨らんだ。
 40自治体は、国からの補助金を返還するか、返還に向けた協議を行っており、今年7月末の時点で15億8706万円が国庫に戻った。
(2010年12月9日00時41分 読売新聞)』
(http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101208-OYT1T00874.htm 参)

わたし個人的には、この「順位」もそれほど信頼性があるとは思っていません。会計検査院の調査官は、「国庫補助金」について、しかも1日(或いは数日)で、一自治体を「会計検査」します。当然、気が付かない「不正経理」は多々あると思います。更に言えば、地方公共団体は、「単費」(地方自治体が自由に使えるお金 ※でも当然公金=税金です)は、「国庫補助金」よりももっと「神経を使わずに使っている」でしょう。

だから、わたしは個人的には『現状の自治体の監視・監査体制』のままでは、「地方分権に反対」です。経済学的には『ニヤー・イズ・ベスト』と言う原則があるのですが、それは市民の意識がもっと高く、「権力は腐敗する」ものと心得て、第三者監査・監視制度が確立してこそのモノだと思っています。

「会社は誰の物」と言う問題提起があるように、それ以上に「国・地方公共団体は誰の物」と言う問題提起が必要で、それは言うまでも無く「国民・市民のモノである」です。

『権力』というものは魔物で、それを持つと、人は堕落し、平気で嘘をつきます。これを『腐敗』『モラル・ハザード』と言うのでしょう。国や地方公共団体などの『役所』、つまりは『行政』の嘘と言うのは「違法」或いは「道義的責任」のあるものですが、『権力』はそれらの『壁』を平気で破壊してしまいます。本来、『立法』が立てた『法』と言う「最低限のルール」を、遵守して粛々と行使するのが『行政』のはずですが、「腐敗官僚」(国家官僚&地方官僚)はそんなものは無視する傾向があります。そもそも『立法府』がきっちりと機能せず(政治家さんたちの事です)、『行政府』に法案を作って貰ったり、『立法府』に行政官僚が入り込んでしまっていて、ただでさえ『行政』に都合の良い『法律』を作っているのですから、『三権分立』も無いですよね。ちなみにもう一つの『権力』である『司法』も役人ですから、この国では三権とも『行政』が握っている。さらにそれを監視すべき『第四の権力』と言われる『マスコミ』、ジャーナリズムの世界も、『記者クラブ制度』によって『行政府の一員』状態です。

わたしが前回のエントリで、
「この国は標準(これも議論になるでしょうが)よりも“死重損失”が大きい」
と言ったのは、そう言う意味においてです。このような『社会構造』はこの『社会』に歪をもたらします。
「歪って何?」
と聞かれれば、
「限られた資源が有効に使われず、無駄を生じること」
と言えるでしょう(経済学的には「パレート最適」では無い、と表現します)。
要は『無駄』が生じる。そして、理屈に合わない『得』をする人間と『損』をする人間を作ってしまう…わたしはそのように理解しております。

さて、財政問題についてですが、『週間エコノミスト』紙の12月7日号が「地方財政危機」と言う特集を組んで、全国1,750市区町村の借金ランキングを発表しています。一位は誰もが解ると思いますが『夕張市』。『実質公債比率』が36.8%と言う立派な『赤字債権団体』です。しかし、「地方財政危機」と言いながら、『赤字債権団体』が1市、『早期健全化団体』が11市の合計12市だけです。

しかし、これには「色々とカラクリ」があって、この数字をそのまま「鵜呑み」にはできません。

まず第一に、当初、赤字債権団体基準だった『公債比率』ですが、20%で『赤字債権団体』(つまり「財政破綻」、民間で言えば「倒産」して「会社更生手続き」をし、再建中)だったのが、いつの間にか、『実質公債比率』が25%で「早期健全化基準」団体、35%で「財政再生基準」団体=旧赤字再建団体に緩んでいます。更に、以前にも書いたかも知れませんが、本来は「公認会計士などの専門家に委託して、一般企業と同等の連立決算の財務諸表を作成」と言っていた国(総務省)が、自ら「総務省方式」の簡易計算方式でも良い(経過措置)と言う事で、今、各自治体が出している財務数値は殆どが「財務省方式」の簡易計算。そして、これの悪い所は「実際よりも低い数値で算出される(ことが多い)」と言うことです。実際、「総務省方式」前は14%(これも余りあてになる数字ではありません。なにしろ「公会計」はそれこそ伏魔殿で、非常に「難解」なマジカル・ワールドですから)の某自治体は「総務省方式」で8%に計算されていました。

「これって財政危機じゃないじゃん。なんで職員数を減らしたり、給与カットしなけりゃならないの? まだまだ借金して箱モノ造れるし」

と突っ込みたくなります。だから首長さんたちとすれば、

「わたしが就任してから財政状況が改善されました」

と、次回の選挙に有利に働く訳で、そう主張しない首長(シャレではありませんが)は居ないと思います。しかし、これも『財務上』では「不正経理」になります。法的には途中からの「算出方式の変更」は認められていないか、変更したことを公表しなければならない。

さらに驚く事は、『実質公債比率』には、一番『赤字』が隠れている『地方公社・第3セクター』分が計上されていません。例えば、地方空港を造った某市などは、空港だけでも2,000億円の赤字のはずです。ただ、一応これも『将来負担比率』の中には入って来ていて、その基準は、都道府県と政令指定都市が400%、市区町村が350%となっています。

総務省は最初、
「全部を含めた、企業並みの連立決算」
と言ってたのが、随分と後退したものだと思います。まあ、確かに、(数値が低く出るであろう)「総務省方式」でも、旧の基準の20%にしてしまうと、『再建団体』は一気に135市になってしまいますから、総務省もあわてたのかも知れませんね。

「少子化対策と子ども手当」等について

日本は「少子化」に頭を悩ませています。政府は「少子化担当大臣」まで設けて、少子化対策に乗り出す姿勢を見せ、その対策の一環として「子ども手当」と言う「補助金」を交付しています。果たしてこの『政策』の有効性はどうなのでしょうか? 読売新聞電子版に次のような記事が掲載されていました。

子ども手当、使い道のトップは貯蓄・保険料

今年6月に初めて支給された子ども手当の使い道で、最も多かったのは、「子どもの将来のための貯蓄・保険料」で、41・6%に上ったことが、厚生労働省が7日に発表した調査結果で明らかになった。
「支給による家庭の変化」としては、8・5%が「子どもの数を増やす計画を立てた」と答えた。
手当は、中学生以下を対象に、1人あたり月1万3000円支給された。使い道の調査は複数回答で、2位以下は「子どもの衣類・服飾雑貨費」(16・4%)、「子どもの学校外教育費」(16・3%)と続き、子どものために使ったとの回答が多かった。ただ、「日常生活費」(13・8%)や「家族の遊興費」(6・4%)、「ローン・借金の返済」(1・8%)などの目的外の使用もあった。「家庭の変化」では、69・5%が「子どもの数を増やす計画は立てなかった」と回答した。
 調査は今年8~9月の間、受給者1万183人にインターネットを通じて行った。
(2010年12月8日01時40分 読売新聞)』
(http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20101207-OYT1T00823.htm 参)

国立社会保障・人口問題研究所(http://www.ipss.go.jp/)の推計によれば、

『人口推計のスタート時点である平成12(2000)年の日本の総人口は同年の国勢調査によれば1億2,693万人であった。中位推計の結果に基づけば、この総人口は今後も緩やかに増加し、平成18(2006)年に1億2,774万人でピークに達した後、以後長期の人口減少過程に入る。平成25(2013)年にはほぼ現在の人口規模に戻り、平成62(2050)年にはおよそ1億60万人になるものと予測される。
高位推計によれば、総人口は、中位推計よりやや遅れて、平成21(2009)年に1億2,815万人でピークに達する。そして、それ以降は減少に転じ平成62(2050)年には1億825万人に達するものと見込まれる。
一方、低位推計では平成16(2004)年に1億2,748万人でピークに達し、以後減少して平成62(2050)年には9,203万人に達する。
 このように日本の人口はまもなく人口減少時代に突入し、右肩上がりの人口増加の趨勢は終焉する。日本の出生率が1970年代半ばから人口を一定の規模で保持する水準(人口置換水準、合計特殊出生率で2.08前後の水準)を大きく割り込んでいるため、このような過去四半世紀続いた低出生率水準と今後の見通しは今世紀初頭から始まる人口減少をほぼ避けることの出来ない現象としている。』
(http://www.ipss.go.jp/pp-newest/j/newest02/1/suikei_g.html 参)

問題は、「少子化」と同時に「高齢化」が進み、労働人口が減る一方で、労働力にならない(むしろ労働者の負担になる)高齢者が増え、その「生活保障」、病気・介護などの「福祉費用」の急激な増加に就労者がその負担に耐えられないことだという事は容易に解ることです。だからこその「少子化」対策であるはずなのですが、このような「小手先」の補助金(本質的には“減税”ですね)が、果たして『根本的問題解決』に繋がるのかと言うことですね。

読売新聞の記事の数字を見る限り、
「あまり効果は無い」
と言えそうですね。
経済学的な一般論から言えばこのような補助金(減税)は、社会に歪を作り出すので、あまり好ましい政策とは言えないでしょう(わたしはこの国は通常よりも『死重損失』がかなり大きいと推測しています)。

「子どもの数を増やす計画を立てた」と答えたのは、8・5%。
「子どもの数を増やす計画は立てなかった」が69・5%。

この数字を見て、「効果があった」と評価するべきなのかは疑問です。問題は、むしろ、

「子どもの将来のための貯蓄・保険料」と答えた人が、41・6%と多かったことと、「日常生活費」(13・8%)や「家族の遊興費」(6・4%)、「ローン・借金の返済」(1・8%)などの目的外の使用もあった。ことだと思います。

この数字から読み取れる事は、「子ども手当」は「子どもを産む」インセンティブになっていないことが先ず第一点。そして、こちらの方が重要だと思われますが、「子どもの将来」を心配して「貯蓄・保険料」に回した人が41・6%、さらには「今の生活のため」に使った人が22%も居たことです。これらを併せると、63.6%にもなります。

問題は、『この国の現在と将来の不安』にあるのであって、そのために「将来に借金」(国債の増発)をしてどうなるのでしょうか? (先に貰った分を、彼らは数倍にして返さなければならないとしたら、彼らは未来の『消費』をギリギリまで抑えざるを得なくなります。これも経済学の基本です)

答えはここにあります。国民は『この国の現在と将来に不安を持っている』と言うことです。それを取り除かなければ『根本問題』は解決しないでしょう。

本当は『人口減少』は先進国であれば、どこでも発生する問題です。ただ、『人口減少』よりも問題なのは、それに伴って生じる『人口ピラミッドの逆転現象』ですよね。これは確かに大変な問題ではあります。まるで『お年寄りばかりの過疎村』状態ですよね。これでは『国家』は衰退して行っちゃいますね。

ただ、『少子化問題』に対して今の『政府の政策』は殆どが内向き、と言うか『政権維持』や『選挙対策』のための近視眼的な『人気取りバラマキ政策』と言わざるを得ません。しかも、その挙句には「財源が不足」し「このままでは財政が破綻する恐れがあるので、消費税の増税を考慮しなければならない」と、これまた逆に『政権崩壊』につながりかねない不人気な『増税』を口にしなければならない。

本当に示すべきは、国家の生き残り戦略、『国家戦略』(といって武力戦略では全くありませんよ)。「現在と将来の不安を無くす政策」の事です。

ところで、平成10年度の子ども手当ては予算額が2兆2554億円。この経済効果は幾らだったのでしょうか? 菅首相が知らなかった「乗数効果」を推計すると、「子ども手当」の消費性向は0.53程度ですから、2兆2554億円×1/(1-0.53)=4兆7987億円。概ね4兆8000億円程度はあった訳ですね。ただ、もっと先行きに不安がなければ、消費性向はもっと高いはずですね。しかし「経済効果を狙った政策ではない」と言われれば、この議論もそれまでなのですけど、わたしは少子化を止めるには(実際は緩やかにするだけですけど)、「子ども手当」よりも「不況対策」「雇用対策」などの経済対策の方が余程、少子化の歯止めとしては有効だと思うのです。

「お金は経済の血液」と言うのは、もう、その通りだと思います。今、日本は血液循環が悪すぎる状態です。まあ、『病気』の状態ですね。景気の良さは『金回り』の良さです。一定期間にお金、Mが一回転してもMですけど、これがN回転すればN×M、つまりは持ち金のN倍の効果があるということになります。例えば100万円は一巡して100万円でも10回転すればその10倍、1000万円の効果があるという事になります。非常に単純化した言い方ですけどね。

或いは、滞った『お金』を動かすために、一時的に『市中のお金を増やしてやる』かですね(これに日銀は非常に『抵抗感』を感じるようです。確かに、日銀の心配も解らない事はありませんが、経済が過熱-過剰なインフレ-した時には、日銀は優秀ですから直ぐに過剰なインフレを抑えることが可能だと思います)。

兎に角、『政治主導』と言いながら、なぜ政治家さん達の中に『専門家』がいらっしゃらないのか不思議で仕方がありません。確かに『庶民目線』も必要ですが、『政策』はそれぞれの『専門家』でなければ解らないでしょう。確かに『専門家』の間でも議論が大きく分かれる事は多いですけど、「芸能人」や「有名スポーツ選手」とかを議員にするのは『政治主導』とはかけ離れた、単なる『選挙対策』にしか過ぎないと憂慮します(もちろん、政治・経済政策のプロの方もいらっしゃるかも知れませんから、そういう方は別ですけどね)。まあ、そういう「人寄せパンダ」に『一票』を投じる『国民』も国民なんですけどね。

この国にはもはや『緊張感』が無いのか、ここまで『国家』の状況が停滞しても、未だに『国会』は、政策を戦わすと言うよりも、「権力闘争の場」で、多額の国費を使って与野党がお互いに「足の引っ張り合い」をし続けていますね~。個人的には、『国会』をもっと建設的な政策論議の場にして欲しいです。「永田町」と「霞が関」だけが『世界』ではないですよね。

それと、幾ら『全会一致』が良いからと言って、シンパだけでは議論になりません。やはり同数の異なった意見の持ち主が入って意見を闘わすべきでしょう。「それではいつまで経っても意見が纏まらない」と言う反論が返ってきそうですけど、それを最終的に纏めるのが政治指導者であるし、決定にあたっては自らの『政治生命』をかけて決定して欲しいです。反対派も姿勢を正すべきですね。「反対のための反対はやめる」。お互いにベター(ベストは『神様』でも無い限り解らないですから)な『政策』に集約する努力をする。お互いに『是々非々』で臨むことを基本姿勢にするべきだと思います。そしてなにより『ジャッジ』(最終決定者)は責任を持って「公正」にジャッジする。これが出来ない限りこの国は沈んで行くと思われてなりません。そして、残念ながら、現状ではソレが出来ていないと思います。
プロフィール

Yasutomo-Araki

Author:Yasutomo-Araki
現代の閉塞感のある世界がもう少しだけ住みやすくなれば良いなぁ、などと考えております。今の状況の延長線を自分たちの子供たちや孫たちへバトンを渡すのは余りにも無責任だと思っています。大学は工学系卒。国立K大学の経済学研究科大学院修士。博士課程考慮中…。この国の未来への良きシナリオを描きたいと思いトボトボと歩いてるって感じです。ただ最近は、当方の怠慢のせいでtwitterまとめ、或いは「忘備録」化してます…。しかし、同志さんたち大歓迎です。

なおこのブログではアフィリエイトプログラムを利用しておりますが、実際の商品の購入に関しましては、お客さまとリンク先のホームページ管理人とのお取引になります。お取引に関しまして、当ブログ、並びに管理人は一切の責任を負いかねますので、ご了承下さい。当該商品等のお問い合わせは、お取引先までご連絡下さい。

みんなのプロフィールSP

人気ブログランキングへ

カレンダー
11 | 2010/12 | 01
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最新記事
F2Cアフィリエイト
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
クロック
最新コメント
Flashリバーシ
時間があれば遊んでいってください
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
クリック募金
ワンクリックで救える命がある
リンク
RSSリンクの表示
FC2カウンター
メールフォーム
個人的に連絡したい時はこちらへ

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム
ブロとも募集中で~す!

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
検索フォーム